地元上越市で有機農業に従事する天明伸浩氏の本件圃場を視察した報告書(疎甲102)

報告書

天明 伸浩



私は、疎甲71、同85の陳述書を作成した有機農業者ですが、去る8月24日と30日に、2回、今回のGMイネの実験圃場の現地調査・周辺農家の圃場調査を行い、本裁判の中心的な争点である@花粉飛散防止とAディフェンシン耐性菌の伝播について、いくつか問題点が明らかになりましたので、ご報告させていただきます。

1.調査方法
実験圃場の現地調査は、事前に北陸研究センター(以下、債務者という)に申し入れた上で行いました。実験圃場内は関係者以外立ち入り禁止のため、債務者職員(矢頭氏)にカメラを渡し、撮影をお願いしました。
・8/24  調査担当:安藤・天明(以上、上越有機農業研究会)
・8/30  調査担当:青木・佐藤・山田(以上、債権者)、長谷川・小山(以上、総合生協)、天明

2.写真説明
8月24日に撮影した別紙の写真と前回裁判所に提出した8月30日撮影の疎甲101の証拠写真について、ここでは@花粉飛散防止とAディフェンシン耐性菌の伝播について、重要な問題となるものをとりあげ、説明を補足させていただきます。

@花粉飛散防止について
(1)花粉飛散防止のためイネに被せたパラフィン袋の破損について
  8月30日撮影の疎甲101の写真について
・写真56−写真中央に、袋に傷がつき、穴が開いている(該当箇所を赤丸で表示した別紙1参照)。
・写真57−袋からイネの葉が飛び出している。(写真左および最下段の袋。)袋が破れ穴が開いている。(写真右。以上、同じく別紙1参照)
・写真59−袋が裂けて中からイネが飛び出している。(写真左端を初め、至るところ。同じく別紙1参照

(2)GMイネの開花と周辺農家のイネの開花が重なっていたことについて
別紙2の写真 
8月24日、本件圃場に隣接した周辺農家の圃場でもイネが開花していた様子を撮影したもの(日付の証明のため、24日の新聞を持参して撮影)。さらに、まだ開花が始まっていないものも確認することができた。
一方、債務者の主張では、「本件GMイネの予想開花時期が8月21日から9月3日ころ」(原決定8頁下から4行目)であり、周辺農家のイネと開花期が重なっていたことが明らかである。
ちなみに、予想開花時期(=出穂期)とは、たくさんあるイネの穂のうち、全体の穂のおよそ5割が開花状態になったとき出穂期に入ったとされる。したがって、中にはそれより早く開花が始まっている穂も当然ある。予想開花時期(=出穂期)が21日からであれば、すべての穂のうち開花が早く始まったものは19日ごろからであり、その意味でも、「本件圃場に近隣する一般イネの予想開花時期は8月7目から同月20日ころ」(原決定8頁下から5行目)と開花時期が重なっていたことが明らかである。       

(3)GMイネ実験区内で二番穂が発生していたことについて
 8月30日撮影の疎甲101の写真について
写真19、41(別紙3参照)  
8月30日、債務者のGMイネの実験圃場のうち、既に刈り取りが済んだイモチ病接種検定区内で二番穂が発生し放置されていた様子を撮影したもの(二番穂:一度刈り取った後でも株元から再び成長し、二回目の穂がつくこと)。
穂は、頴が開き中から葯が飛び出し花粉が漏出していた。二番穂は実験区内のあちこちで発生していた。「GMイネの二番穂ではないのか」と職員に質したところ、正確な確認をせずに「GMイネではないイネの二番穂だ」と説明した。

Aディフェンシン耐性菌の伝播について
(4)GMイネ実験圃場の排水について
 8月30日撮影の疎甲101の写真について
・写真16、51(別紙4参照) 
別紙4の写真
 ディフェンシン耐性菌の流出・伝播という観点から、GMイネ実験圃場内の水が、最後どのように外部に排出されるか確認をした。職員から、実験圃場内の水は、外部にそのまま流していると説明を聞いた。

3.問題点の指摘
(1)、花粉飛散防止
ア、これらの写真を、疎甲95の陳述書の作成者である前筑波大学教授の生井兵治先生に見ていただいたところ、花粉飛散防止策について、
「写真付きのセンター訪問報告有難うございます。
穴あきパラフィン紙袋など、思ったとおりの状況ですね。
裁判での彼らの主張は、この一見だけでも分かるとおり、
実験進行が第一優先で、ひどすぎます。

新たな写真も有難うございました。
いずれにしても、笑い話にもなりませんね。

前便で、『実験進行が第一優先で、ひどすぎます。』とか、
『笑い話にもなりません。』と書いた意味は、
物理的隔離も距離的隔離も有名無実という私の感想でした。
ほんとにひどすぎますね。」
とメールでおっしゃっておりました。

イ、一方、実験過程を随時適正に公開していると債務者が主張する、ホームページの内容を、今回調査を行った私たち自身で確認したところ、イネにパラフィン袋が被せてある写真は、袋に傷一つないきれいな状態で写されたもので、上記に報告しました、傷や穴が無数にある現場の実際の状況とまったく異なっていました。
 たしかに、債務者の職員に撮影してもらった写真では、穴の大きさはそれほど大きくは見えません。ですが、穴が小さいからといって、見過ごすことはできません。小さくとも、穴があったこと自体が重大なのです。
なぜなら、仮にここで、穴がわずか、1cm×1cm=1cm2 であったとします。イネの花粉の大きさは直径0.04o〜0.02oです。1cm2の穴は、直径0.04oの花粉にとって、約8万倍の大きさ、また、直径0.02oの花粉にとっては、約30万倍もの大きさだからです。
果たして、「すべての観点において安全性を実現すべく完全な対策を実施している」と主張する債務者は、本当に「完全」な対策を行っているといえるのでしょうか? 微細な花粉を一粒たりとも漏れ出さないような対策が、本当に実現されているのでしょうか?

ウ、次の問題点は、前記(2)で述べたように、GMイネと一般イネの開花期が実際には重なってしまっていたということです。これにより、債務者が当初、「周辺農家とは田植えの時期をずらすので、開花時期は重ならない」と主張したことも、現実には不可能であったことが明らかです。
本来、債務者には、つねに周辺農家のイネの生育状況に注意を払いながら実験を遂行するという、社会的責務があるはずです。室内GM実験と野外GM実験とでは、周辺農家に対する危険性が格段に違うからです。周辺のイネは、簡単にひと括りできるような開花時期を示しません。それは、それぞれのイネが、個々の農家の自由な栽培管理のもと、自然の天候に左右されながら育つものだからです。そのことを十分わきまえた上で、周辺イネの開花(特に開花終了)について、最後の一粒まで見落とさずに確認を行うのが、より現実に即した「時間的隔離」の方法だと考えます。
その際、周辺農家のイネの開花終了ばかりでなく、実験中のGMイネの開花終了についても厳密に調査する必要があります。債務者は、9月5日にGMイネの開花終了を確認したと公表しています。しかしこれが本当に真実かどうか、750株、すべての稲穂について、一粒も漏らさず証拠写真なり、映像で示すなりして、いま開花中のものも、これから花が咲く予定のものも、一切ないのだということを、債権者はじめこの事態を注視する一般市民に広く公開していただきたいほどなのです。
なぜなら、真っ白いシートを被ったテントのなかは、私たち市民には確認のしようがなく、花粉とは、0.04o〜0.02oの大きさしかなくとも、生命力さえあれば、たった一粒でも受粉するに十分なものだからです。
「情報公開している」という債務者のホームページには、一つの穴もないきれいなパラフィン紙をイネに被せた写真が載せられ、
「8月22日(月) 出穂期
8月30日(火) 開花期終期を迎えています。
9月 5日(月) イネの開花終了を確認しましたのでパラフィン紙の袋を取り外しました。」
と書かれてあるだけです。出穂期の写真、開花終了の写真はもちろん、パラフィン紙をはずして調査を行っている様子も一切示されていません。これでは、秘密に行われているといわれても仕方がないでしょう。このような債務者の態度に、私たち生産者・消費者はとても満足できません。

エ、その他、前記(3)で指摘したとおり、GM実験区内のあちこちで二番穂を確認しました。しかもその稲穂から、雄しべまで出ているのを確認しました。債務者職員は、「あれはGMイネではない」と言いましたが、花粉一粒が持つ交雑の危険性に対し、十分感度を高めれば、紛らわしいものをあのようなかたちで放置することなどできないはずです。調査のあと、参加者から、「GMイネの二番穂が一株も混ざっていないとなぜ明確に分るのか?どのように確認したのか?」と疑問が出ました。証拠を示していただきたいところです。

(2)、ディフェンシン耐性菌の問題
さらに、前記(4)で述べたとおり、ディフェンシン耐性菌の伝播について耐性菌の流出に何も対策が講じられておらず、これだけ耐性菌の問題が争点となっているのに債務者にまったく危機感が無いことに、参加者より不安の声が出ていました。

 以上、問題点を指摘しましたとおり、「万全の対策を講じている」と自認する債務者の主張と、現場の実際の状況はあまりにも食い違っております。それでも実験が続けられていることに生産者・消費者は以前にも増して強い危機感を感じております。
ちなみに、先の新潟地方裁判所高田支部の決定でも、本件の野外実験に関する情報について、そのうち、花粉飛散防止とディフェンシン耐性菌の問題については「特に」と断り書きをつけて、「今後とも、生産者や消費者に的確に情報提供をしたり説明をすることにより、本件GMイネに対する不安感や不信感等を払拭するよう努めていく責任があり」(原決定24頁1行目以下)と債務者の説明責任を認めておりました。
ところが、8月30日、債権者と生産者・消費者の団体「新潟県の米と自然を守る連絡会」より、債務者に対し、それぞれ、情報公開を求める申入書(疎甲103)と情報開示を求める公開質問状(疎甲104)を提出し、回答を求めましたが(その申入れの様子は、疎甲101の写真12と13にあります)、9月8日に届いた債務者からの回答によりますと、ディフェンシン耐性菌の問題については、
「ディフェンシン耐性菌の発生については、今回の実験の目的ではなく、調査する予定はない」
という回答でした(疎甲105・106)。
 しかし、原決定は、ディフェンシン耐性菌の発生について、
「本件野外実験の過程で、耐性菌が飛躍的に増加」することを裏付ける疎明資料はないと判断しただけでして、
「本件野外実験の過程で、債権者らの主張するように、本件圃場内にディフェンシン耐性菌が出現する可能性があるとしても、」(21頁2行目以下)
とその発生の可能性を認めています。そして、原決定が見落としてしまった微生物の特質である「短期間に爆発的に増殖する性質」(疎甲99の木暮陳述書9頁・11頁参照)のことを考えますと、耐性菌は1匹出現するだけで、それが大いに増殖する可能性があり、「耐性菌が飛躍的に増加」してしまうことは容易に可能です。
にもかかわらず、債務者はディフェンシン耐性菌の発生について、現在までのみらず、今度とも何も調査しないと回答してきたのです、たった1匹の耐性菌の出現でも飛躍的に増加する怖れがあるとき、これは、私たち生産者や消費者を、とてつもない不安感や不信感に落とし入れるものです。これは紛れもない現実的な精神的苦痛です。その意味で、債務者の今回の態度は、原決定がいみじくも指摘されたような
「仮にも、上記の情報公開等が円滑に行われず、いたずらに生産者や消費者の不安感等を助長するような事態を招き、その結果、農業等を行う上で具体的な損害ないし支障が生ずるような状況に立ち至ったときには、本件野外実験の差止めを求められてもやむを得ないものというべきである。」(24頁ラスト)
に該当するのではないでしょうか。
 
4、まとめ
最後に、今まで債務者が実験を行ううえで周囲の理解を得るために地域住民や関係機関に実験の説明を繰り返し行ってきました。多くの人はその説明が科学的な事実に基づいて正確に情報を伝え、誠実に交雑防止・危機管理などを実行すると考えて実験を了承してきました。また新潟地方裁判所高田支部での仮処分申請においても債務者が説明してきたことを信用して「差し止め」には至らないと判断を下しました。
しかし、今回、現地調査を行ってみると、その説明とはあまりに異なる状況を目にすることになりました。
このような状況で実験を続行することは今まで説明を受けてきた地域住民、関係機関、さらには司法を侮辱するものと考えられます。さらに法廷で述べたことはその場限りで、責任を一切持たないとするならばどのような空理空論を述べてでも実験を行えることになります。言葉が軽くなっている昨今ですが、司法の場で述べる言葉までそのようなものになってしまえば、この世に正義を実現することは不可能になってしまいます。
つきましては1日も早くこの実験を中止されることを願います。

以 上
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債権者準備書面 (9)

平成17年(ラ)第1355号 遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分即時抗告事件
債 権 者  山 田   稔 ほか11名
債 務 者  (独) 農業・生物系特定産業技術研究機構

債権者準備書面 (9)

2005年9月13日


 東京高等裁判所 民事第5部 御中

債権者ら訴訟代理人 弁護士  神山 美智子

同       弁護士  柏木 利博

同       弁護士  光前 幸一

同       弁護士  近藤 卓史

同       弁護士  馬場 秀幸

同       弁護士  柳原 敏夫



1、原審裁判所の予測と注文について
 原審裁判所は、原決定の中で、債務者が主張した二重の交雑防止策について、「債務者の予定する前記飛散防止策により、一応、現在周辺農家において生育中の一般イネとの自然交雑の可能性はほとんどないものと考えられ」と予測し、これを理由に本野外実験を許容した(19頁4行目)。
しかし、実際には、債務者が実行した交雑防止策が「一般イネとの自然交雑の可能性をはらんだ」極めて杜撰なものであることが、現実に本件圃場を見学した天明伸浩氏の報告書(疎甲102)により明々白々となった。この点からして、本野外実験は即刻中止されるべきである。
 また、原審裁判所は、ディフェンシン耐性菌の出現について、「本件野外実験の過程で、耐性菌が飛躍的に増加」することを裏付ける疎明資料はないと判断したのみで、
「本件野外実験の過程で、債権者らの主張するように、本件圃場内にディフェンシン耐性菌が出現する可能性があるとしても、」(21頁2行目以下)
とその発生の可能性を認め、それゆえ、債務者に、引き続き、
「本件の隔離圃場内におけるディフェンシン耐性菌の発生状況と伝播の有無等)に関しては、今後とも生産者や消費者に的確に情報提供したり説明をすることにより、本件GMイネに対する不安感や不信感等を払拭するよう努めていく責任があり」(24頁3行目)
という条件を課した。
にもかかわらず、債務者は、この点に関する債権者や生産者・消費者らの質問状(疎甲103.104)に対して、
「ディフェンシン耐性菌の発生については、今回の実験の目的ではなく、調査する予定はない」
と回答した(疎甲105・106)。
 これは、原審裁判所が、こうした説明責任を十分に果たした場合に限って本野外実験は許容される(なぜなら、このあと、「仮にも、上記の情報公開等が円滑に行われず、いたずらに生産者や消費者の不安感等を助長するような事態を招」いた場合には、「本件野外実験の差止めを求められてもやむを得ない」としているからである)とした前提を債務者自らが否定するものにひとしく、この点からしても、本野外実験は中止されるほかない。

2、耐性菌問題の重要性について
本野外実験の最も重要な争点は、ディフェンシン耐性菌の出現・流出の問題であるが、ディフェンシン耐性菌に限らず、いわゆる耐性菌問題が、抗生物質の濫用により、現在、最も深刻な問題のひとつであることは、つい最近の朝日新聞の9月5日付記事(疎甲113)、2002年の日本化学療養学会の第50回総会のシンポジウム「我が国における抗菌化学療法50年の功罪」(疎甲112)や、耐性菌問題のわが国の第一人者である平松啓一氏(順天堂大学医学部細菌学教室)の著作「抗生物質が効かない」(疎甲111)などから明らかであり、本野外実験もまた、この最も深刻で厄介な問題のひとつにほかならない。

3、本裁判の国内及び国外での反響
こうした深刻な問題をはらんだ本野外実験に対しては、これを容認する原審裁判所の決定後も、全国の消費者たちから、実験中止を求める決議がなされ、債務者の下に届けられている(現在、入手した分として、疎甲107の1〜5)。
のみならず、GMイネの野外実験によるディフェンシン耐性菌の出現・流出という深刻な問題は、国内のみならず、世界的に反響を呼び、本野外実験の実情を知った海外の研究者からも、問題の重要性を述べたEメールが寄せられている(その詳細は、近日中に報告書を提出予定)。
つまり、ディフェンシン耐性菌の出現・流出という深刻な問題をはらんだ本野外実験に対しては、国内のみならず世界中から注目が集まっている。

4、予防原則について
こうした、GM技術により、いまだかつてなかったディフェンシンの常時大量の産出とこれに対するディフェンシン耐性菌の出現の可能性という事態に対しては、従来の事故の延長線上では捉え切れないものがあり、ここに、こうした新しい事故に対する新しい対応の原則である予防原則が極めて重要になる。
債権者は、この予防原則が、既に、生物多様性の保全や食品安全性の確保に関する確立した基本原則であることを明らかにする文献・映像(疎甲108〜110)を提出する。また、予防原則及び、本裁判で登場する専門用語に関する基礎知識をまとめた書面を提出する(疎甲114)。

以 上


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債権者準備書面 (8)

平成17年(ラ)第1355号 遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分即時抗告事件
債 権 者  山 田   稔 ほか11名
債 務 者  (独) 農業・生物系特定産業技術研究機構

債権者準備書面 (8)

2005年8月25日


 東京高等裁判所 民事第5部 御中

債権者ら訴訟代理人 弁護士 神山 美智子

同       弁護士  柏木 利博

同       弁護士  光前 幸一

同       弁護士  近藤 卓史

同       弁護士  馬場 秀幸

同       弁護士  柳原 敏夫

 本事件における債権者らの即時抗告の理由は以下の通りである。


目 次

第1、はじめに
1、GM技術の本質と政府の基本理念                 3頁
2、原審裁判の特徴――債務者と裁判所の対応――          4頁
3、本準備書面の目的                        7頁
第2、二重の袋がけの措置に対する事実認定と判断の誤り
1、問題の所在――重大な前提問題――               7頁
2、二重の袋がけの措置の安全性について              8頁
第3、ディフェンシン耐性菌に対する事実認定と判断の誤り
1、問題の所在                           10頁
2、原審の判断とその誤り    10頁
3、ディフェンシンの土壌微生物への影響について           14頁 
4、ディフェンシン耐性菌の圃場からの流出・伝播の危険性について 15頁
第4、本野外実験の危険性の判断基準について
1、原審の態度                          17頁
2、原審の問題点                          18頁
3、本野外実験に固有の実情・特質を踏まえた判断基準について  19頁
第5、本野外実験の第1種使用規程の承認手続について
1、原審の判断                           22頁
2、原審の問題点                          22頁
第6、最後に――問題点の一覧表の提出と技術説明会の早期開催――
1、本裁判の新しさと困難さ                     24頁
2、技術説明会の早期開催の必要性                  24頁

第1、はじめに
1、遺伝子組換え技術の本質と政府の基本理念

 20世紀の人類が手に入れた最も威力ある技術が原子力技術だとすれば、21世紀のそれは遺伝子組換え(以下、GMと略称)技術であろう。それは、「あらゆる生物的障害や境界をこえて遺伝子を移転させることは、人間の歴史上前例のない技術上の力業」という意味で、「第二の創世記」とも呼ばれる(疎甲45の3。108頁)。しかも、原子力技術が物理学の最先端の成果だとすれば、GM技術は、物理学のみならず化学、生物学、農学、医学、薬学、コンピュータ科学などの諸学問の最先端の集大成である。つまり、GM技術が人類に及ぼす影響は、原子力技術の比ではなく、我々の日常生活の隅々にまで及ぶ。
そしてまた、原子力技術がその絶大なる恩恵・威力と共に未曾有の脅威・災害をもたらしたのと同様に、GM技術もまた同様の構造にある。「ごくわずかとはいえ環境を爆発させる引き金になる可能性があり、かりに引き金となった場合には、その影響は重大であり取り返しがつかないものになるおそれがある」(疎甲45の3。111頁)。従って、GM技術が我々の日常生活の隅々にまで及ぼす影響の大きさを考えるとき、GM技術がもたらすかもしれない計り知れない脅威・災害に対し、GM技術の実用化を進める政府、試験研究機関ならびに民間企業が最大の関心と細心の注意を払わなければならないのは当然である。バイオテクノロジーの推進を掲げる「バイオテクノロジー戦略大綱」(内閣総理大臣決済文書)においても、消費者の健康、生物多様性の保全、環境への悪影響の防止を最優先課題として掲げているのもそうした理由による(疎甲51)。また、農水省がGM食物の安全性に関し、予防原則を基にするとしているのも同様である(疎甲70参照)。さらに、前記「バイオテクノロジー戦略大綱」は、GM技術の推進にあたって、「国民が適切に判断し、選択できるシステムを作」るために、「国民理解の徹底的浸透」を戦略の柱に掲げ、次の基本方針を明らかにした。
1.情報の開示と提供の充実
 国民に対し、政府は、BT(バイオテクノロジーのこと)に関する情報を積極的に提供していくことが必要である。その情報提供に当たっては、常に国としての理念を持ち、その理念の下、国民に媚びるのではなく、科学的事実を根気よく伝達することを心がけるべきである。
 情報提供は、単に科学的説明のみならず、BT技術の応用によって人々の生活がどのように改善されるかをわかりやすい形で説明することが必要である。‥‥
2.安全・倫理に対する政府の強固な姿勢を国民に提示
‥‥
安全確保対策に政府として万全を期すことに加え、その強固な姿勢を国民に分かりやすく提示することにより、国民の目から見て、BT技術の応用製品についての安全性の信認が得られるよう最大限努めることが肝要である。(疎甲51の2)

2、原審の特徴――債務者と裁判所の対応――
(1)、では、この「安全性最優先と徹底した情報開示」という政府の基本理念に対し、今回、GM作物の野外実験の安全性の有無が真正面から問われた日本初の裁判において、本野外実験を「国家的プロジェクト」と位置付ける債務者は、実際、どのような態度を取ったか。
一言で言って、それは政府の基本理念とは正反対の「開発最優先と徹底した情報非開示」であった。その見事なまでに徹底した態度は、今回の原決定(22〜24頁)でも指摘された裁判外においてのみならず、裁判上においても首尾一貫して貫かれた。債権者は、政府の「安全性最優先と徹底した情報開示」という基本理念にのっとり、6月24日の申立ての当初から、ディフェンシン耐性菌の問題も含め、本野外実験の安全性の有無という真相解明を切に求めたにもかかわらず、債務者が取った態度は、「耐性菌の出現の余地は科学的になく、また実際耐性菌の出現についての報告もない」(答弁書12頁12(1))などといった虚偽の答弁(債権者の指摘の前に、のちに撤回を余儀なくされたが)だけで、後は1ヶ月以上、一切固く口を閉ざした。驚くべきことに、裁判所からの度重なる釈明要求の末、債務者が重い腰を上げて、本野外実験の安全性の一部について、ようやく情報開示を行なったのは、申立てから40日前後も経過した8月1日(交雑防止の具体策について、準備書面(2))と8月8日(ディフェンシン耐性菌について、準備書面(3)と疎乙104〜107)のことであった。これに対して、非研究者である債権者に与えられた反論期限は2日しかなかった(交雑防止について、8月3日。ディフェンシン耐性菌について、8月10日)。しかも、それまで40日以上も余裕のあった研究者集団の債務者は、自らなおも反論の機会を要求し、8月12日に至って、ようやく本格的な情報開示をするに至ったのである(準備書面(4)と疎乙108〜116)。しかし、本GMイネの開花時期というタイムリミットを理由に、最も肝心な、これに対する債権者の反論という機会はついに与えられないまま、裁判所の原決定を迎えることになったものである。これが、本来の情報開示のあり方に照らして、不公正極まりない裁判であったことは言うまでもでない。
(2)、他方、GM作物の野外実験の安全性の有無が真正面から問われた初の裁判を担当することになった原審裁判所の対応はどうだったか。
債権者は、過去の判例もなく、なおかつ少なからぬ専門的知見が要求される本裁判を、これが21世紀の人類と地球環境に最も深刻な影響を及ぼすことになるという問題の重要性を受けとめ、短期間の間に、これと真正面から真摯に取り組もうとした原審裁判所に、正直なところ、敬意を評したい。しかし、惜しむらくは、
一方で、前述した通り、債務者より初めて本格的な情報開示があったのが審尋の最後段階であり、これに対する債権者の反論の機会が与えられないまま、債務者の主張・立証(準備書面(4)と疎乙108〜116)を一方的に採用してしまい(17頁に乙112、113。20頁に乙116など)、
他方で、GM作物の危険性、より一般的に言えばGM事故の基本認識について、これを従来の事故一般と同レベルのもの或いは精々その延長線上のものと捉えてしまい、債権者が申立段階から主張していた、GM技術の恐るべき力業と昨今の鳥インフルエンザの続発からも明らかな通り、これまでの有害化学物質などとは異なる生物災害に特有の「予見不可能性と回復不可能性」を本質とするGM事故固有の特質を見落としてしまった。
 その結果、前者については、間違った事実認定を行なってしまい(17頁。20頁)、後者については、野外実験の危険性の程度について、「耐性菌出現の可能性が飛躍的に増大」(21頁オ)しない限り、或いは「具体的な損害ないし支障が生ずる」(24頁8行目)ことがない限り問題ない、という誤った判断基準を採用してしまった。
この点において、原審裁判所の誤りは致命的であり、このままでは、後世に取り返しのつかない禍根を残すことになる。

3、本準備書面の目的
 本裁判における本野外実験の安全性・問題点は多岐にわたるため(疎甲25の争点一覧表参照)、原決定の判断にも様々な問題点を残したが、本書面においては、このうち、核心的な問題点について原審の「決定的な誤り」に絞って指摘する。
すなわち、債権者は、主として、
@.前述した通り、不本意にも債権者に一度も反論の機会を与えられなかった債務者からの本格的な情報開示(準備書面(4)と疎乙108〜116)に関して、抗告審において、初めてその問題点を指摘した上で正しい事実認定を求め、
A.なおかつ、従来型の事故の延長線ではなく、あくまでも「予見不可能性と回復不可能性」を本質とするGM事故固有の特質を踏まえた、GM作物の野外実験の安全性を真に担保する判断基準の定立を主張する。

第2、二重の袋がけの措置に対する事実認定と判断の誤り
1、問題の所在――重大な前提問題――
交雑の可能性があるかどうかという論点について、その大前提として「イネの花粉の交雑能力の時間がどれくらいか」という点が極めて重要となる。
この点、原決定は、主に乙112及び113を理由に、「長くとも5分程度で消滅」するとし、同じく乙112、及び113等を理由に、債権者の「イネ花粉の生存限界時間が50時間である」という主張を退けた(17頁)。
 しかし、これは「イネの花粉の交雑能力の時間」の事実認定として明らかに誤っている。なぜなら、乙112及び113で問題としている「イネの花粉の寿命」とは、本裁判で問題になっている、生物学的にみてイネの花粉がどれくらいの時間、交雑能力を有するかということではなく、あくまでも、人工受粉という特別な目的に用いる場合に適切なイネの寿命はどれくらいかを問題にしているにすぎないからである。具体的には、花粉の発芽率(調査した花粉のうち発芽した花粉の割合のこと)が100%近い状態が維持されている間は花粉の寿命があるとされ、それが維持できなくなると花粉の寿命はないとされるのである。この点を、今回、植物育種における受粉生物学の研究者である生井兵治氏の陳述書により、詳細に明らかにした(疎甲95。3〜14頁)。
 同時に、前記生井陳述書の14〜17頁により、債権者が主張する「イネ花粉の生存限界時間が50時間」という見解を非科学的なものとして排斥することができないことが明らかである。
すなわち、本野外実験で問題となる「生物学的に、イネの花粉がどれくらいの時間、交雑能力を有するか」という前提問題について、「長くとも5分程度で消滅」すると判断するのは明らかに誤りであり、なおかつ「イネ花粉の生存限界時間が50時間である」という見解を排斥することもまた明らかな誤りである。

2、二重の袋がけの措置の安全性について
(1)、従って、二重の袋がけの措置について、交雑の可能性を検討するにあたっては、大前提の問題である「イネの花粉の交雑能力の時間」について、「50時間」という見解を踏まえなければならない。なぜなら、「未然防止、科学的不確実性への対応、高水準の保全目標、環境の観点の重視、将来への配慮、危険可能性への配慮」(疎甲42の3)をその基本要素とする予防原則に立てば、いやしくも「50時間」という科学的な見解が存在する以上、これを無視できないのは当然だからである。
(2)、その結果、天明陳述書(2)1頁でも指摘した通り、自然交雑の防止のためには「一粒の開花につき、最低でも2日間(48時間)は袋を外さない」ようにしなければならない(疎甲85)。
ところが、これに対し、債務者は、「午後には花粉が交雑能力を完全に喪失した状態となっていることが科学的に明らかである」として、構築部内に入って「午後3時以降にイネの観察を行なう」とする(準備書面(3)2頁3(2))。つまり、午後3時以降、イネの観察のため、構築部内に入り、パラフィン紙をはずすのである(パラフィン紙をはずさなければ、イネの正確な観察ができないことは、天明陳述書(2)3頁で実証済みである。)。
しかし、イネ花粉の寿命は「長くとも5分程度で消滅」という前提が明確な誤りであり、最低でも2日間は袋を外すべきでない以上、債務者のこの野外実験計画では、イネの観察に際して、「一般イネとの自然交雑の可能性はほとんどない」(原決定。19頁)どころか、その可能性は大いにあり得ると言わざるを得ない。
(3)、加えて、二重の袋がけの措置そのものについても、長年、野外実験に携わってきた前記生井兵治氏も指摘する通り、自然界における以下の重大な問題点を看過することはできない。
「二重の袋掛けの防止策にしても、物理的な覆いは、抜かりなく覆ってある積りでも、えてして台風や突風などの物理的または昆虫や鳥やモグラなどの生物的な要因によって交配袋が破けたり外れたり、不織布の覆いに隙間が出来たりすることは、長い間、野外実験の研究生活をしている人たちは私を含めて一度ならず経験していることです。したがって、このように二重の袋掛けの防止策をしたからといって、『一般イネとの自然交雑の可能性はほとんどない』とは断定できません。」(生井陳述書17頁下から3行目以下。疎甲95)。

第3、ディフェンシン耐性菌に対する事実認定と判断の誤り
1、問題の所在

債権者は、申立ての最初から終始一貫、次の危険性を指摘した(申立書18頁。準備書面(2)11頁以下。同(5)4頁以下。同(6)3頁以下。同(7)9頁以下)。
@. 本実験の圃場の田の水中に、ディフェンシン耐性菌が容易に出現する可能性があること。
A. @で出現したディフェンシン耐性菌が圃場の外部に容易に流出・伝播するおそれがあること。

2、原審の判断とその誤り
 このうち@の点につき、原決定は次のように判断した。
ア「債権者らは、‥‥自然界におけるディフェンシン耐性菌の出現を認めた論文として甲82.83を引用」しているが、
イ「疎明(乙105、106、116)によれば、‥‥前記各論文は‥‥、いわば自然界とは全く異なる実験環境下において、ディフェンシン耐性菌の出現を確認したというにすぎず」
ウ「そのことから、本件野外実験のように自然界に近い状況下において実験を継続している過程で、ディフェンシン耐性菌の出現が飛躍的に増加することが確認されているとか、本件野外実験を今後継続することにより、その危険性が高くなる」とはいえない(20頁4〜15行目)。
 しかし、これは、ディフェンシン耐性菌の出現を報告した疎甲82及び83の各論文(以下、本論文という)の誤読、そして、本論文や本野外実験におけるディフェンシン耐性菌の出現の可能性等を解説した金川陳述書(疎甲19、80、91)の誤読に基づく誤った事実認定である。債権者は、近く、この点を詳しく明らかにした研究者の意見書を提出するが、ここでは以下に、その概略を述べる。
(1)、前記アに関して、そもそも、債権者は、原審において、本論文を「自然界におけるディフェンシン耐性菌の出現を認めた論文として」引用したことは一度もない。債権者が論拠とする金川陳述書(2)(疎甲80)は、本論文を紹介するにあたって、正しく、「1.実験室でのディフェンシン耐性菌の作成方法」と明示している(1頁9行目)。精々、これと似て非なるものを挙げるならば、金川陳述書(3)(疎甲91)で、本論文を紹介する際に、突然変異を誘発する薬を使用した場合と使用しなかった場合の両方の実験が行なわれ、後者の実験について、「自然に起きる変異の割合を計算するために(To calculate the rate of spontaneous mutagenesis)、エチルメタンスルフォン酸を加えないで、胞子を同様に処理した」という論文の文章を引用したときだけである(疎甲91。2頁11〜17行目)。
むしろ、本論文を「自然界におけるディフェンシン耐性菌の出現を認めた論文として」決めつけて間違って引用したのは債務者であり(準備書面(4)4頁末行〜5頁4行目)、疎乙116の陳述書の作成者黒田秧氏である(2頁3行目以下)。
(2)、前記イに関して、債務者は、確かに本論文を評して、「いわば自然界とは全く異なる実験環境下において、ディフェンシン耐性菌の出現を確認したというにすぎず」(疎乙105、同116)と主張し、そこから自然界での耐性菌出現の可能性を否定しようとし、そして、原決定もこれを採用した。
 しかし、債務者のこの判断は明らかに間違っている。なぜなら、債務者は、当初、本論文を、疎乙105で「自然界では起こりえないような特殊な突然変異剤あるいは抗生物質抵抗性を利用した」と主張したが、金川陳述書(3)(疎甲91)の指摘によりその誤りに気づき、そのあと、黒田陳述書(疎乙116)において、「突然変異剤を使用していないだけであって」(1頁下から4行目)と訂正してきた。その上で、「他の生物相等の環境影響の存在しない、およそ自然界とはかけ離れた、特殊な、人工的環境の下で実験を行った」と言い直し、「他の生物相等の環境影響の存在」の相違を根拠にして、本論文は「自然界で容易に、ディフェンシン耐性菌が出現するという主張の根拠にはならない」と主張し直してきた(同1頁下から3行目以下。同2頁第2、3と4)。
 確かに、本論文における実験が「他の生物相等の環境影響の存在しない」点はその通りである。ところで、黒田陳述書はここで「他の生物相等の環境影響の存在しない」ことが耐性菌の出現にとって有利に働くという前提に立っている。しかし、この前提が常に成立するとは限らない。なぜなら、「他の生物相等の環境影響の存在する」ことが、他の生物と協調しあって、かえって多様な菌の出現を促し、耐性菌の出現に有利な場合もあり、果して「他の生物相等の環境影響の存在しない」ことが、耐性菌の出現にとって有利に働くか、不利に働くかは一概に言えないからである。それゆえ、「他の生物相等の環境影響の存在しない」ことが耐性菌の出現にとって有利に働くという前提に立つことはできず、結局、この点を根拠にして自然界での耐性菌出現の可能性を否定することはできない(その詳細は近日中に提出予定の意見書参照)。
(3)、そして、本論文が教えることは、「水にディフェンシンと微生物と微生物のエサになる物質とを混ぜて放置するだけで、数百万個に一個の割合で、数日以内に耐性菌が現れること」(金川陳述書(3) 4頁下から3行目。疎甲91)である。そして、原決定が認定する通り、「本件GMイネに組み込まれたカラシナ由来のディフェンシンは、必要に応じて生産される自然界のディフェンシンとは異なり、いもち病等の病原菌の有無にかかわらず、常時ディフェンシン遺伝子が発現してディフェンシンを多量に作り続ける性質を有しており」(20頁下から3行目以下)、そこで、常時大量に作り続けられるディフェンシンが、本実験の圃場の田の水の中で微生物と頻繁に接触することになるから、この点において、本論文における耐性菌の作出方法に合致している。その結果、自然に(spontaneous)起こった変異で、ディフェンシン耐性菌が生じることは容易に可能である(その詳細は、金川陳述書(3)4〜5頁参照)。さらに、屋外では、突然変異を誘発する紫外線が存在するので、変異の頻度が増して、耐性菌出現の可能性が一層大きくなると考えられる(その詳細は近日中に提出予定の意見書参照)。
(4)、前記ウに関して、原決定は、本野外実験について「ディフェンシン耐性菌の出現が飛躍的に増加することが確認されているとか、本件野外実験を今後継続することにより、その危険性が高くなる」とはいえないとして、その危険性を否定する。しかし、これは耐性菌を従来の有害化学物質などと同一レベルで考えるという誤りに陥っている。なぜなら、耐性菌は有害化学物質などとは異なり、短時間のうちに細胞分裂をくり返して爆発的に自己増殖する微生物であり、たとえ1匹でも出現すれば、通常、それが何万匹、何億匹に増えるのに1日とかからない。だから、ここでは、1匹であれ、凡そディフェンシン耐性菌の出現の可能性があるのかどうかということ、そして、その1匹の耐性菌が数万匹、数億匹にふえる可能性があるのかどうかが問題であって、「ディフェンシン耐性菌の出現が飛躍的に増加する」か否かではない。たとえ1匹でもいったん耐性菌が出現すれば、通常、そこから爆発的な増殖が起こるから危険なのである。これが、耐性菌の出現の危険性を考える上で決定的に重要な点である。

3、ディフェンシンの土壌微生物への影響について
(1)、この点につき、原決定は、次のように判断した。
ア「カラシナは、これまで長年にわたって圃場で栽培されてきたものであって、カラシナ由来のディフェンシンが土壌や雨水中に流れ出していたにもかかわらず、これまで強力なディフェンシン耐性菌が出現したとの報告はされていないし、また、田畑に棲む動植物への悪影響も特に認められておらず」
イ「そうすると、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子を用いた本件GMイネの栽培によって、特に土壌微生物に対して重大な影響を及ぼす」とはいえない(20頁ウ)。
(2)、しかし、既に、金川陳述書(3)が詳細に論証した通り、本GMイネは「過去にはあり得なかった人工的な遺伝子の組み合わせを行うことにより、常時多量のディフェンシンを生産するように加工したイネ」(6頁7行目以下)であって、「ディフェンシンが必要に応じて生産される」カラシナとは全く状況が異なる。従って、このように、単なる過去の経験から、過去にあり得なかった人工的な本GMイネの危険性を推定することは誤りと言わなければならない(6〜7頁。疎甲91)。
そして、本GMイネの水田における栽培は、上記2(3)で前述した通り、本論文(疎甲82、83)で報告されたディフェンシン耐性菌の作成方法と共通している。この点に着目すれば、本野外実験においても、ディフェンシン耐性菌が容易に出現する可能性があると合理的に推測することができる。そして、この耐性菌が出現した場合には、田畑に棲む動植物のみならず、広く動植物一般、さらにはヒトにも危険なものであり得ると合理的に推測することができる(その詳細は金川陳述書(3)3頁(2)に解説済み。疎甲91)。
 ところが、原審は、債務者提出の高木陳述書(疎乙106)の次のくだり、
「カラシナのディフェンシンは既に、歴史的に栽培されてきているカラシナが産生していることから、耐性菌が出現する可能性がある場合にはすでに出現しているはずであるし、可能性がない場合にはないことになる。すなわち、本組換えイネがある以前に、そのような可能性は歴史上既にあったはずであり、本組換えイネを栽培することによって耐性菌出現の可能性が特段に増大するとは考えられない」(高木陳述書4頁第3段落)。
をそのまま鵜呑みにして、間違った判断に陥った。しかし、このくだりが、本GMイネが過去の地球上には存在しなかった人工的な植物であるというGM植物の特性を全く無視した誤ったものであることは、既に金川陳述書(3)で詳細に反論済みである(5頁下から2行目以下。疎甲91)。

4、ディフェンシン耐性菌の圃場からの流出・伝播の危険性について
この点につき、原決定は、次のように判断した。
「本件圃場内にディフェンシン耐性菌が出現する可能性があるとしても、本件野外実験は、一般圃場ではなく、債務者の北陸研究センター稲田圃場内のうち、一応他から区別された隔離圃場で行われているものであり、したがって、本件野外実験の過程で、耐性菌が飛躍的に増加した上、同耐性菌が本件圃場の外に自然に流れ出し、一般の水路等を通って債権者山田らの農地内に流入し、そこに生育しているイネ等に具体的な損害を与えるおそれがある」とはいえない(21頁エ)。
しかし、ここでもまた、原審は、2で前述した通り、耐性菌を従来の有害化学物質などと同一レベルで考えるという誤りに陥ってしまった。耐性菌はたった1匹出現しただけでも短時間で爆発的に増殖するものであり、従って、ディフェンシン耐性菌の圃場からの流出・伝播についても、ここで問題とすべきなのは、1匹であれ、凡そディフェンシン耐性菌が流出・伝播する可能性があるのかどうかということ、そして、その1匹の耐性菌が数万匹、数億匹に増える可能性があるのかどうかということである。たとえ1匹でもいったん耐性菌が流出・伝播すれば、通常、そこから爆発的な増殖が起こるから危険なのである。これがまた、耐性菌の流出・伝播の危険性を考える上で決定的に重要な点である。
この点、債権者は既に指摘した通り、自然の大雨、洪水、台風などによって耐性菌が容易に本件圃場から流出・伝播する(準備書面(6)4頁)のみならず、日常的にも、本件圃場内にトンボが飛び、昆虫・小動物の出入り可能な隙間があり、これにより、耐性菌が容易に本件圃場から流出・伝播する危険性があることが明らかである(本件圃場を視察した報告書。疎甲84)。さらには、本件圃場内の水路は、田んぼに一定量の水がたまるとその水を外部に流す仕組みとなっており、この点からも雨によって、耐性菌が容易に本件圃場から流出することが明らかである。
以上から、ディフェンシン耐性菌が圃場から外部に流出・伝播する危険性は容易にあり、そして、いったんこれが流出・伝播した場合には、再び安全な状態に回復することがいかに困難であるかは、昨今、「ウイルスが見つかった鶏舎以外も、その養鶏場の鶏はすべて殺処分にしてきた」(疎甲97)ほど厳格極まりない予防措置を取ってきても、なお鳥インフルエンザの続発が防げない事実ひとつ取っても、明らかである。

第4、本野外実験の危険性の判断基準について
1、原審の態度

 この点、原審は、正面からこれについて論じ、結論を出していないが、原決定の中で、次のように個別に明らかにしている。
ア「一応、現在周辺農家において生育中の一般イネとの自然交雑の可能性はほとんどないものと考えられ、」(19頁4行目以下)
イ「一般の水路等を通って債権者山田らの農地内に流入し、そこに生育しているイネ等に具体的な損害を与えるおそれがあるとする点についても、これを裏付ける疎明は特にない。」(21頁エ)
ウ「以上によれば、本件GMイネを栽培することにより、直ちに耐性菌出現の可能性が飛躍的に増大し、その結果、債権者山田ら周辺農家の農業に重大な影響を与えるとの点に関しては、疎明不十分といわざるを得ない。」(21頁オ)
エ「仮にも、上記の情報公開等が円滑に行われず、いたずらに生産者や消費者の不安感等を助長するような事態を招き、その結果、農業等を行う上で具体的な損害ないし支障が生ずるような状況に立ち至ったときには、本件野外実験の差止めを求められてもやむを得ないものというべきである。」(24頁)
つまり、原審は、本野外実験の危険性の判断基準として、次のようなものを想定している。
@. 交雑防止については、一般イネとの自然交雑の可能性は、万全でなくとも、「ほとんどなければよい」。
A. ディフェンシン耐性菌の危険性について、債権者らが「生育しているイネ等に具体的な損害を与えるおそれがある」、「債権者山田ら周辺農家の農業に重大な影響を与える」
B. 本野外実験全般の危険性について、「農業等を行う上で具体的な損害ないし支障が生ずるような状況に立ち至ったとき」

2、原審の問題点
 しかし、最大の問題は、原審が、本野外実験の危険性を、本来「予見不可能性と回復不可能性」を本質とするGM事故特有の問題として正面から受け止めようとせず、単に、伝統的な公害、有害化学物質の事故の延長線上でしか考えていないことである。そのことは最後のBに端的に現れている。伝統的な事故ならばともかく、ことGM事故では、「農業等を行う上で具体的な損害ないし支障が生ずるような状況に立ち至ったとき」ではもう完全に手遅れだからである。その意味で、原審は、これまでの伝統的な事故の下では登場しなかった「予防原則」という聞き慣れない原則が、なぜGM作物の安全性を考える上で基本原理として採用されるに至ったのか、その意味するところを正確に理解していないと思わざるを得ない。しかし、その無理解がもたらす後世への影響は計り知れないものがある。
むろん債権者とて、たった1件の本事件を通じて、GM作物の野外実験一般の危険性に通用する判断基準を定立できるとは思っていない。しかし、少なくとも、本野外実験の実情・特質に即して、その危険性を適正に評価できる判断基準を明らかにする必要性を痛感している。

3、本野外実験に固有の実情・特質を踏まえた判断基準について
 そのように考えたとき、本野外実験に固有の実情・特質として次の諸点を考慮せざるを得ない。
(1)、第1に、室内実験において、次の本GMイネの安全性・問題点を十分に詰め、解決していないまま、野外実験に移行したということ。
@.ディフェンシンが人体へ害作用がないかなどの作用機構が未解明であること(準備書面(2)9〜10頁)
A.ディフェンシンが(単に、胚乳部分だけではなく)およそコメの食用部分には絶対に移行しないかどうか未解明であること(同10〜11頁)
B.ディフェンシン耐性菌が容易に出現する可能性があり、これに対する対策が未解明であること(同11〜13頁)
つまり、仮に、室内実験でGMイネの安全性・問題点を十分に解決済みであれば、野外実験において、自然交雑の可能性について、万全でなく、「殆どない」というゆるやかな基準も可能かもしれない。なぜなら、一応、そのGMイネの安全性が確認されているからである。しかし、本件に限っていれば、債権者がくり返し指摘した通り、本GMイネの様々な安全性・問題点を室内実験で十分に詰め、解決しておらず(債務者は、口では「これまで閉鎖系の室内における各種の実験を通じて、安全性を含めた多種多様な実験・研究がなされた」と言うが、本裁判では、債権者の度重なる要請にもかかわらず、これを裏付ける具体的な証拠は1つも開示しなかった)、にもかかわらず、野外実験を強行しようとした。本来であれば、「未然防止、科学的不確実性への対応、高水準の保全目標、環境の観点の重視、将来への配慮、危険可能性への配慮」(疎甲42の3)をその基本要素とする予防原則に立てば、それだけでも野外実験中止となっておかしくないところ、万が一それが許容されるとしても、その場合の自然交雑の可能性については、「絶対にない」という厳しい基準でなければならない。なぜなら、もともと室内実験で解決済みでなければならないGMイネの安全性の問題を未解明のまま、野外に出ていくのだからである。
ところが、原審は、本野外実験がGMイネの安全性の問題を未解明のままであることを認識しながら(16頁イ(ア))、これが本野外実験の危険性を判断する上で極めて重要な意味を持つことを看過した。
(2)、第2に、本野外実験がGMイネの安全性の問題を未解明のまま野外実験に出ていくものである以上、そこで交雑防止策として採用された重畳的な安全対策の性格は、GMイネの安全性・問題点を室内実験で十分に解決済みの上で野外実験に出る場合とは自ずと異なること。
 つまり、GMイネの安全性・問題点を室内実験で十分に解決済みのケースならば、交雑防止策としての重畳的な安全対策は、そのひとつが実効性を失ったとしても、他の対策が依然有効ならば、その野外実験は許容されるかもしれない。なぜなら、この場合には、前述した通り、自然交雑の可能性について、「殆どない」というゆるやかな基準でよいからである。しかし、本件はそのような場合ではなく、GMイネの安全性の問題が未解明なものである以上、交雑防止策としての重畳的な安全対策は、そのひとつでも実効性を失った場合には、安全性を損なうとして実験中止するほかない。なぜなら、「高水準の保全目標」を内容とする予防原則によれば、もともとGMイネの安全性が確保されていない本野外実験においては、重畳的な安全対策を重ねて初めて「絶対にない」という基準を満たすといえるからである。
 ところが、債務者は、時間的な交雑防止策として、当初「周辺の水稲とは、出穂期で2週間以上の時間的間隔がある」(原決定15頁)と主張していたところ、実際には、債務者も自認し、原決定も次のように認定する通り、わずか1日しか時間的間隔がないことが判明した。
「本件圃場に近隣する一般イネの予想開花時期は8月7目から同月20日ころであり、本件GMイネの予想開花時期が8月21目から9月3日ころである」(8頁下から6行目)
すなわち、債務者が採用した3つの交雑防止策のひとつである時間的な交雑防止策は、原決定が「本件GMイネと周辺農家のイネとの開花時期に関する債務者の前記主張によれば、天候やイネの個体の性質如何によっては、開花時期が重なるおそれがある」(17頁)と認定した通り、その実効性を失った。
 したがって、GMイネの安全性が確保されていない本野外実験において、重畳的な安全対策のひとつが実効性を失った以上、実験は中止するほかない。
 ところが、原審は、債務者の時間的な交雑防止策が実効性を失ったことを認定しておきながら、前記(1)の問題(19頁)を正しく理解しなかったため、結局、そこから正しい結論を導き出すことができなかった。

第5、本野外実験の第1種使用規程の承認手続について
1、原審の判断

 原決定は、本野外実験とカルタヘナ法に基づき制定された第1種使用(GM作物の野外実験)規程の承認手続との関係について、次のように判断する。
ア、交雑の可能性について
「これまで閉鎖系の室内における各種の実験を通じて、安全性を含めた多種多様な実験・研究がなされ、それらの実験結果を踏まえて、農林水産大臣及び環境大臣から第1種使用規程の承認を受けた組換え作物であること、」(18頁下から2行目以下)
イ、まとめ
「本件野外実験自体は、法で定められた所定の手続を経て、学識経験者の意見を聴取した上、パブリックコメントの手続を経た後、農林水産大臣や環境大臣の承認を得て実施されているものであって、手続的には何ら違法の点は認められない」(21頁)

2、原審の問題点
しかし、以下に述べる通り、本野外実験の第1種使用規程の承認手続に関しては、手続的に重大な違法があるのみならず、本野外実験が遵守したとされるわが国のカルタヘナ法及びそれに基づく告示自体も、イネなどの栽培植物の安全性確保の点からみたとき、全く不十分と言わざるを得ない。
第1に、第1種使用規程の承認に際して、審査の重要な対象として、生物多様性影響評価の問題があるが、その実施要領(告示。疎甲79)に従えば、本野外実験が殺菌作用を持つディフェンシンの産出に関する実験である以上、当然のことながら、債務者は、ディフェンシン耐性菌の出現とその影響という問題について、申請書に記載し、これについて十分な審査を受けなければならない筈である。にもかかわらず、債務者は、この重大な問題について、申請書に一切記載せず、その結果、審査を担当する学識経験者もこの重大な問題に対する審査を失念したまま、本野外実験を承認してしまった。もし申請段階で、この問題が申請書に記載されていれば、本野外実験の承認がおりなかった可能性が高く、この意味において、今回の第1種使用規程の承認手続に関して、手続的に重大な違法があると言わなければならない(その詳細は金川陳述書(2)4〜5頁。疎甲80)。
第2に、それ以外にも、第1種使用規程の承認に当たって考慮すべき事項として告示に定められている食品安全性の審査の点(告示第1号第一、1、(2)、二。疎甲35)においても、さらにはイネ花粉による花粉症防止の点(同上告示)においても、債務者は、全くこれを遵守していない(準備書面(2)18頁。22〜24頁)。
第3に、より基本的な問題として、わが国のカルタヘナ法が保全する「生物」とは、その元になった「生物多様性条約」やEUのカルタヘナ法と異なり、基本的に野生生物だけであって、本件のイネなどの栽培植物や飼育動物は除外している(疎甲67)。従って、本GMイネの野外実験の安全性について、野生生物保護を目的としたカルタヘナ法及びこれに基づき制定された告示がそれを十分に担保しているとは到底言えず、よって、これらの法令を遵守したからといって、本GMイネの野外実験の安全性が認められた訳では全くない(準備書面(2)30頁ハ)。

第6、最後に――問題点の一覧表の提出と技術説明会の早期開催――
1、本裁判の新しさと困難さ

 本裁判は、次の諸点で、一般民事事件にはない新しさと困難さを有している。
@. 事実関係において、GMに関する専門的知見の理解を求められること。
A. 法的判断においても、伝統的な事故概念がそのまま通用せず、GM事故固有の特質を踏まえた新たな判断基準が求められること。
B. 紛争類型としても、環境裁判と知財裁判の合体といった新たな複合類型であること
 しかし、他方で、本裁判の判断を誤ったとき、それが後世にもたらす影響は計り知れない。
そこで、限られた時間内で、こうした新しさと困難さに対応するため、債権者は、本書面において、原決定のうち核心となる「決定的な誤り」に絞ってこれを指摘した。むろん、これ以外にも看過できない問題点(例えば、(6)まとめの「債務者が現在計画し、その実施を進めている本件GMイネ開発計画の趣旨・目的、その有用性や必要性については一応肯認することができ」(21頁)るという事実認定は明らかに間違っている)があり、近日中に、それらの問題点を一覧にした書面を提出する。
2、技術説明会の早期開催の必要性
 他方で、本裁判は専門的知見の早期理解が不可欠であり、この点で、知財裁判で日常的に実施されている技術説明会を、本裁判でも本GM技術に関して開催することが有益である(「工業所有権関係民事事件の処理に関する諸問題」(平成7年)197頁以下参照)。債権者側は、本裁判で陳述書を作成された微生物の研究者である金川貴博氏(疎甲19、80、91)と受粉生物学の研究者である生井兵治氏(疎甲95)が補佐人として出廷する予定であるので、本GM技術に関する技術説明会の早期開催を強く要望する次第である(なお、参考人の証拠調べを定めた民訴187条または釈明処分の発動として参考人からの意見聴取を定めた民事保全法9条を参照されたい)。
以 上 
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8月17日に出された裁判所の決定(新潟地裁高田支部)

平成17年(ヨ)第9号遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分命令申立事件(以下「甲   
事件」という。)
.平成17年(ヨ)第10号遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分命令申立事件(以下
「乙事件」という。)

決      定

      当事者の表示        別紙当事者目録記載のとおり

主      文
1本件仮処分命令申立てをいずれも却下する。
2申立費用は債権者らの負担とする。

理       由


第1 申立て
1 債務者は、この決定送達の目から2目以内に、別紙記載の圃場(以下「本件圃場」という。)に試験作付けしたディフェンシン遺伝子を組み込ませたイネを刈り取らなければならない。
2 債務者が、上記期間内に上記イネを刈り取らないときは、債権者らは、新潟地方裁判所執行官に債務者の費用で上記稲を刈り取らせることができる。
第2 事案の概要
 本件は、いまだ遺伝子組換えイネの人体やその他の生態系こ対する安全性等が、十分確認されていないにもかかわらず、債務者が遺伝子組換えイネの野外実験(以下「本件野外実験」という。)を強行していることにより、実験圃場周辺の農地において稲作農業等を行っている生産者の営業の自由(安心して農業を行うことができる権利)や、同生産者が産出するコメを食している消費者の人格権等が侵害され、又はそのおそれがあること等を理由として、上記生産者や消費者である債権者らが、債務者に対し、既に作付けを終了したカラシナ由来のディフェンシン遺伝子を組み込ませたイネ(以下「未件GMイネ」という。)の刈取りを求めた事案である。
1争いのない事実
(1) 債務者は、農業に関する技術上の試験及び研究等を行うことにより、農業に関する技術の向上に寄与するとともに、民間において行われる生物系特定産業技術に関する試験及び研究に必要な資金の出資及び貸付け等を行うことにより、生物系特定産業技術の高度化を担い、また、農業機械化の促進に資するための農機具の改良に関する試験及び研究等の業務を行うことを目的として設立された独立行政法人(資本金2915億5317万9538円)である。
債務者は、農業技術の研究機関として、新潟県上越市稲田1-2-1に北陸研究センターを置き、同センター内において遺伝子組換え(以下「GM」という。)技術を応用したイネの耐病性その他各種の研究や実験を行っているものである。
(2)甲事件債権者山田稔、同青木博及び乙事件債権者保坂一彦(以下「債権者山田ら」という。)は、本件圃場の周辺地域において、新潟産のコメを生産、出荷して生計を維持している農業従事者であり、甲事件のその余の債権者ら(以下「債権者平出ら」という。)は、本件圃場の近隣で生産されたコメを購入し食しているものである。
2債権者らの主張
(1)本件野外実験の実施
ア 債務者は、イネのいもち病菌や白葉枯病菌に低抗性を示す蛋白質であるディフエンシンの設計図が書き込まれた遺伝子(以下「ディフェンシン遺伝子」という。)を、カラシナのゲノムから切り出した上、細工しマーカー遺伝子と連結した上で、イネのゲノムに挿入した本件GMイネの実用化を計画し、同イネの耐病性等を確認するため、それまでの実験室から野外実験に移行する必要があるとして、本件野外実験を実施しているものである。
イ もとより、債務者には、GM作物の有効性や実用性等に関する学問研究の自由を有していること自体は否定できないけれども、後記のとおり、本件野外実験の有用性や必要性も、また、その危険防止手段に関する正当性も証明できておらず、かえって、生産者としてGMに汚染されることなく安心して農業生産できる権利(営業の自由)や、消費者として安全かつ安心して食するという個人の尊厳に直結する人格権を著しく侵害するときは、自ずから制限を受けるものというべきである。
(2)本件野外実験の問題点について
ア 本件GMイネの安全性、特にディフェンシンの耐性菌問題等ディフェンシンの人体への作用機構(特に害作用の有無等)及びディフェンシンが玄米の外側の皮や胚芽部分も含めた食用部分への発現及び移行しないとの点に関して依然として未解明な部分が多い上、ディフェンシンに対する耐性菌が出現したとの報告が出ているところ、ディフェンシン耐性を獲得した菌が、仮に病原菌でないとしても、人類にとって致命的な影響を与えるおそれがあることは否定できないし、更に、ディフェンシンが細胞外に分泌される物質であることからすると、茎や葉から水中に流れ出たディフェンシンが、いもち病菌や白葉枯病菌のみならず、広い範囲の土壌微生物に対して重大な影響を及ぼす、ことが懸念されることから、直ちに本件野外実験を中止して、ディフェンシンに関する上記問題点を解決するのが先決である。
イ 本件野外実験の安全対策
(ア) 交雑の可能性
本件GMイネの花粉は、そのわずか1%が交雑しただけでも、その後爆発的に増殖する可能性がある以上、野外実験においてGM汚染の被害拡大を防止するためには、文字通り完全に交雑防止するしか方法がない。
債務者は、一般圃場において交雑可能な距離は大きく見積もっても26メートルとするのは科学的に十分合理的である旨主張するけれども、既に海外では、イネの交雑可能距離は43.2メートルとの報告例もあり、また、農水省の栽培実験指針検討会では、当初20メートルとしていたにもかかわらず、翌年には新しい検出結果が出たとの理由で簡単に26メートルに延長しているものであって、現在あるデータを安易に普遍化するのは危険である。
また、債務者は、本件GMイネの開花時期を周辺の一般農家のイネの開花時期と数日間ずらしている旨主張するけれども、最終的には、開花時期の誤差等を考慮すると、結局、1日程度であって、天候等の影響を考えると、両者の開花時期が重なることを完全に否定することは不可能である。
(イ)イネ花粉防止
生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書に基づき、遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(以下「カルタヘナ法」という。)によれば、「人の健康に対する影響を考慮する」ことが要求されているところ、本件GMイネの導入遺伝子であるディフェンシンが新たなアレルギー物質にならないという保証は全くないのであるから、本件野外実験を直ちに中止して花粉の飛散を防止すべきである。
(ウ).本件野外実験の必要性や有用性の不存在
本件GMイネが、いもち病や白葉枯病等を制圧するために、どの程度の有用性を有しているか、すなわち、本件GMイネによって、果たしていもち病等を制圧するに足りるディフェンシンの必要濃度を実現することが可能か否か等に関する実験データが何ら示されていない。
ウ 説明責任の不履行と予防原則違反
(ア)農水省の制定したGM作物の栽培実験指針によれば、GM作物の開発を行うに当たっては、より積極的で透明性をもった情報提供に努めることがうたわれているにもかかわらず、債務者は、本件野外実験に関する安全性等に関する説明責任を故意に怠っているといわざるを得ない。
したがって、債務者は、カルタヘナ法本来の理念に照らし、地元住民の同意又はそれと同等の「地元住民の十分な理解」を得た上で、本件野外実験を行うべきである。
(イ)GM作物の危険性を判断する基本原則は「予防原則」であり、その基本要素としては、「未然防止、科学的不確実性への対応、高水準の保全目標、環境の観点の重視、将来への配慮、危険可能性の配慮」という基準が挙げられるところ、前記のとおり、本件野外実験によって本件圃場内にディフェンシン耐性菌が容易に出現することが判明した以上、これに上記基準を当てはめた場合、もはや本件野外実験を続行することを肯定するに足りる法的根拠を見出すことはできないから、本件野外実験の違法性は明らかであり、直ちに中止すべきである。
そして、GM事故における予見不可能性や回復不可能性という問題点に照らせば、債務者は、再度、長時間をかけて閉鎖された実験室内における基礎実験を行い、必要な資料等を収集した後に野外実験に移行すべきである。
(3)被保全権利と保全の必要性
ア債権者山田らは、本件圃場の近隣において、前記のとおり新潟産のコメを生産、販売している生産者であるところ、債務者が現在試験栽培中の本件GMイネは、その安全性や有用件が不明であるほか、その野外実験方法には欠陥が多く、債権者山田らが生産するコメと本件GMイネとの自然交雑が起こる可能性もあり、GMに否定的な消費者は、同債権者らの生産するコメを買い控えることは火を見るより明らかである。
さらに、本件GMイネとの自然交雑のおそれを理由とする新潟産米という高品質ブランドの毀損による販売量や販売額の低下耐性菌の増加による将来の生産コストの増加等に伴って、農業従事者としての生産基盤を一挙に失わせ、債権者山田らに回復本能の損害を被らせるおそれがあることから、債務者が現在実施している本件GMイネに対する本件野外実験を差し止める必要がある。
イ 債権者平出らは、前記のとおり本件圃場の近隣で生産されたコメを購入して食しているところ、その実験目的すら不明確な本件野外実験が強行されることによって、食品安全性の審査を経ていない本件GMイネが在来種と交雑する危険があり、その結果、債権者平出らは、将来の身体・生命への危険発生も未確認である本件GMイネと交雑したイネからできたコメであることを知らないまま、長期間にわたり食することとなる。また、仮に交雑の危険性がないとしても、耐性菌等の関係で新たにいもち病菌等が多発する危険性が高く、その結果、農薬殺菌剤が使用され、高濃度の農薬が残留するコメを食べることになりかねない。いまだ未完成のGM技術により、未知の健康被害を被るおそれがあるばかりか、交雑した本件GMイネを食しているという不安も、主食たるコメを安全かつ安心して食するという人格権を侵害するもので、その侵害の程度はリスクのみを負い、利益は何もない同債権者らの受認限度を明らかに超えるものというべく、これによって発生する損害の事後的回復も不可能である。
3債務者の主張
(1)本件野外実験の趣旨・目的
債務者は、農薬の使用を減らし、生産者の負担軽減、環境負荷低減を実現できて実用に耐えるイネを開発するとともに、食品としての安全性を確保し、複合病害低抗性を付与するため、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子を導入したイネを育成することを目的とし、まずは隔離温室での栽培において正常に成育し、かび(いもち病菌)及び細菌(白葉枯病菌)による病害に抵抗力があることを確認した本件GMイネが、野外条件で栽培しても正常に成育するか、あるいは実用的な病害抵抗性があるかを検証し、また、今後'の研究のため試験用種子を生産するほか、圃場環境条件下で成育した場合に水田の土壌微生物への影響及び土壌を介した他の生物への影響を調査するため、本件野外実験を実施しているものである。
(2)遺伝子組換え実験に関する法的規制等
遺伝子組換え実験に関する法的規制としては、カルタヘナ議定書に基づき、カルタヘナ法が制定されているけれども、本件野外実験の成果物は、食に供されるものではなく、いわんや食品として流通されることが予定されていないのであるから、食品安全審査を受けるべき前提を欠いている。 
(3)本件野外実験の必要性と相当性
本件GMイネは、債務者の室内等における前段階の実験によって、既にその安全性は十分確認されているものであり、それを踏まえて、屋外における環境影響評価、耐病性評価及び生育評価を行うことにより、導入遺伝子の効果を隔離圃場条件下で検証する必要があり、いわば耐病性組換え体の研究において必須の課程であり、本件野外実験は、実験手法として何ら不当な点はない。
(4)本件野外実験の安全性
ア まず、GM作物の相互作用について、その害作用をあらかじめ予想することはできないとしても、これまでの3年間に及ぶ閉鎖系での実験において異常個体はすべて排除しているし、今回の本件GMイネは、すべて異常を確認していないものを選別しているものであり、この点の安全性は明らかである。
また、植物体内で生理的異常が発生すれば、通常、その植物は生存できずに消滅する'から、この点においても、本件GMイネに異常なものが混入する危険性は皆無である。
イ 自然交雑の危険性
(ア) まず、そもそもイネは自家受粉の性質を有することから、他のイネの花粉を受粉することはほとんどなく、自然交雑の余地ないしそのおそれは極めて低いというべきである。
(イ) 次に、これまでの専門的知見によれば、イネの交雑の生じた最長距離は25.5メートルであるところ、本件圃場と債務者所有の他の実験圃場とは28メートルI以上離れているほか、さらに、本件圃場と最も近い債権者ら以外の一般農家の圃場とは220メートル以上離れており、更に債権者山田らの所有する農場とは3.2キロメートル以上離れているのであって、上記のような距離的隔離の観点からみると、一般的交雑のリスクは存在しないし、ましてや債権者山田らの育成するイネとの交雑の危険性は皆無というべきである。
(ウ) また、債務者が既に作付けした1回目(平成17年5月31目)のイネに関しては、開花前に刈取りを行っているため、花粉が飛散することはあり得ず、交雑の可能性の余地もない。
さらに、本件野外実験における2回目の作付け(平成17年6月2
9目)がなされた本件GMイネについては、開花前に、各単体(全部で750株)毎にパラフィン紙で覆い、下部はビニールシートを被せ、更には花粉の飛散防止のため、本件圃場中の本件GMイネの作付け部分全体を不織布で覆う予定であることから、この点からも、花粉が飛散することはありえず、加えて、本件圃場に近隣する一般イネの予想開花時期は8月7目から同月'20日ころであり、本件GMイネの予想開花時期が8月21目から9月3日ころであることからみても、交雑の余地ないしそのおそれは少ないというべきである。
ウ 病原菌飛散の可能性
(ア) 本件野外実験においては、いもち病菌等の噴霧試験は行わず、病菌に罹患したイネの苗を本件GMイネの苗に隣接して栽培する方法により、罹患可能性を検証する方法によるものであり、更にはいもち病菌に感染.した個体は栽培土壌へ埋め込むなどして処理するため、いもち病菌の拡散を完全に防止している。
(イ) また、白葉枯病菌については、菌液を付着させたハサミで葉を切断し、その後に進展した病斑の長さで耐病性を判定するもの(いわゆる「糞(?)葉採種法」)であり、この方法は、耐病性や薬剤検定法として確立された手法であるし、本件野外実験では、念のため白葉枯病検定は、栽培時期をずらして周辺のイネに被害を及ぼさない時期に接種検定を行う言十画である。
(ウ)なお、上記接種に使用するいもち病菌や白葉枯病菌は、いずれも圃場に通常に存在する菌であるし、前記各検定方法は、全国各地の研究機関等で毎年行われている品種の耐病性評価や薬剤検定の際に使われているものであって、債務者が特に危険な検定方法を行っているわけではない。
(5)債権者らの主張は、いずれも事実と異なり、学術的根拠がなく、あるいは誤解に基づくものであって、債権者の実施している本件野外実験は、カルタヘナ法に準拠している適法な行為であり、差し止められるべき理由も根拠も見当たらない。
また、債権者らは、本件野外実験に基づく損害をるる主張しているけれども、いずれも主観と推測に基づくものであり、損害発生に関する具体的摘示もない。
(6)債務者の回復し難い損害の発生
債務者は、膨大な人的資源及び研究コスト(実験の開始された平成10年から相当の研究費を計上するとともに、フル稼働換算で延べ20人の所属研究員を関与させた。)を負担し、希少なイネ系統を数万分の1の確率で作出し、その上に継続されているものであって、本件野外実験が中止させられた場合には、回復し難い莫大な損害を被るおそれがある。
第3 当裁判所の判断
1 前提となるべき事実
 本件疎明(甲3ないし10「ただし、特に断らない限り枝番号のあるものを含む、以下同じ。」、14、15、17、21、22、29、31、。37、50、51、59ないし62、77、79、乙3ないし9、11、12、15ないし29)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
(1) バイオテクノロジーとGM作物に対する期待等
ア 科学技術基本法に基づき策定された科学技術基本計画によれば、21世紀の世界が地球規模で直面する諸問題、すなわち、人工の爆発的な増大、'水や食料、資源エネルギーの不足、地球の温暖化、新しい感染症等に対処すると同時に、発展途上国を含めた世界全体の持続的な発展を実現するという困難な課題に挑戦し、人類の明るい未来を切り拓くためには、科学技術の力が不可欠であるとした上で、バイオテクノロジー等の活用により良質な食料の安定的な供給が確保されること、科学技術の持つリスクが軽減されることなどを可能とすることを目指すとされ、バイオテクノロジーの研究開発が国家の科学戦略の大きな柱として位置づけられている。
なお、生命科学の発展に伴って生ずる人間の尊厳に関わる生命倫理の問題、遺伝子組換食品の安全性や、情報格差、更に環境問題等、科学技術が人間と社会に与える影響がますます広く深くなることが予想され、こうした状況に先見性をもって対応するには、自然科学のみならず人文・社会科学を総合した人類の英知が求められていることが指摘されている。
イ そして、内閣総理大臣を議長とする科学技術政策の最高機関である総合科学技術会議においても、GM作物の研究は重点化され、食料・農業・農村基本計画に位置づけられ・農林水産研究基本計画の中において「遺伝子組換え技術の実用化に向けた新形質付与技術の開発」が明確に示されているものであり、農林水産省所管の独立行政法人である債務者は、上記研究の一環として本件野外実験を行っているものである。
ウ なお、農林水産省は、GM作物の栽培実験に関し、第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針(以下「栽培実験指針」という。)を定め、同省所掌に係る試験研究を行う独立行政法人の各研究所及び各研究センターが、カルタヘナ法第4条文は第9条の規定に基づき、第1種使用規程の承認を受けた組換え作物を用いて自ら又は委託を受けて行う栽培実験実施するに当たっては、栽培実験計画書を策定するとともに、栽培実験を開始する前の情報提供として、@計画書の公表とA説明会の開催のほか、B上記@及びAのフォローアップとして、計画書について意見が寄せられた場合には、計画書に記載した内容について、科学的根拠や関連する情報をわかりやすく説明するなど、情報交換と意見交換に努めることを定めている。
なお、農林水産省農林水産技術会議事務局長は、農林水産省所管の試験研究を行う独立行政法人に対し、平成17年4月12目付けで、「平成17年度における第1種使用規程の承認を受けた組換え作物に係る栽培実験の留意点について」と題する書面を発出し、暫定的な措置として、実験対象イネと同種栽培作物等であるイネとの隔離距離は26メートル以上とし、実験対象イネとその周辺(26メートル近辺)にある上記イネの出穂期が2週間程度以上離れるよう、それぞれ植付日を調整することを指示した。
(2)GM技術の農作物への応用
作物の品種改良の一つの方法であるGM技術とは、ある生物から特定のタンパク質(例えば、除草剤耐性、害虫抵抗性、耐寒冷性等を有しているもの)に対応する遺伝子(有用遺伝子)を取り出し、これを改良しようとする生物の細胞に導入した上、選別・培養することによって上記有用遺伝子を組み込んだ生物を作り出すものである。そして、本件GMイネは、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子を細胞内に導入する方法として、アグロバクテリウム法(すなわち、微生物であるアグロバクテリウムの細胞からプラスミドを取り出し、その一部を切り取った部分に上記ディフェンシン遺伝子をつな、いだ後、同プラスミドを再びアグロバクテリウムの細胞に戻した上、これをイネの細胞に接触させて同遺伝子の組み込みを完了する方法である。)を採用している。
(3)本件野外実験の趣旨・目的
いもち病は、全国的に恒常的に被害が発生し、イネに対する国内の最重要病害の一つであって、平成16年度では、水稲作付面積(170万ヘクタール)の約2割で被害が確認され、防除のために要する農薬費用は441億円にも上っている。
そこで、債務者は、イネの病害防除のために前記のとおり農薬等に多額のコストをかけてきた我が国の農業の現状を改善・打開すべく、細菌(白葉枯病菌等)や、かび(いもち病菌等)の両方に対する複合病害抵抗性を有するカラシナ由来の抗菌性蛋白質であるディフェンシン遺伝子に着目し、GM技術を応用し、同遺伝子を組み入れたイネを新たに開発し、これを実用化させることで、現在のイネに対する農薬の散布量を大幅に減少し、その結果、生産者の経費削減と所得向上に資するとともに、多量の農薬散布による害から消費者の健康を守ることができるものと考え、本件GMイネの研究開発とその実験を行っているものである。
(4)本件野外実験の概要等
ア 本件野外実験は、カルタヘナ法に基づき、平成16年11月17目付けで第1種使用規程承認申請をし、農林水産大臣及び環境大臣の承認を得たことにより、第1種使用規程に従って実施される隔離圃場栽培実験であり、その具体的な内容は、圃場条件下で耐病性や正常な生育を確かめ、土壌微生物等に対する影響等を調査し、また、研究を継続するための採種を行うものであり、上記承認に当たっては、学識経験者の意見を聴取し、パブリックコメントの手続等を経ている。
イ 本件GMイネの栽培実験計画(以下「本件実験計画」という。)の概要同実験名「ディフェンシン遺伝子導入イネの複合耐病性評価及び有望系統の選抜」
(イ)栽培実験の目的と概要
@目的
本栽培実験は、高度複合病害抵抗性を持つイネ系統の実用化に向けて、組換えイネ系統の圃場条件下での実用的耐病性の評価を行うため、隔離圃場内でいもち病抵抗性及び白葉枯病低抗性の評価並びに栽培特性の評価を行い、また、試験研究用種子を採種することを目的とし、栽培実験に用いる第1種使用規程承認作物は、債務者の中央農研・北陸研究センターが良食味品種として平成5年に育成した宿主品種「どんとこい」にカラシナ由来のディフェンシン遺伝子をアグロバクテリウムを用いた超迅速形質転換法により導入したものである。また、我が国の自然環境の下で成育した場合の特性を明らかにするため、隔離圃場において、隣接する区画に指標イネ品種を栽培し、土壌微生物、周辺生物相について組換えイネ系統栽培実験区との比較を行い、当該系統の栽培による周辺の生物多様性への影響について科学的知見を蓄積する。
A概要
全体計画平成17年及び平成18年の2年間
平成17年:系統の選抜と採種
平成18年:選抜した系統の詳細な評価と採種
(ウ)栽培実験の全体実施予定期間、各年度毎の栽培開始予定時期及び栽培終了予定時期
@全体実施予定期間平成17年及び平成18年の2年間
A各年度毎の栽培開始予定時期及び栽培終了予定時期等
        播種時期    移植予定時期    栽培終了予定時期
平成17年度: 4月下旬
      (PIP隔離温室内)    5月下旬      9月下旬
        5月下旬       〜         〜
         〜        7月上旬      10月上旬
        6月上旬
(隔離圃場内又はPIP隔離温室内)
平成18年度:  4月下旬      5月下旬      9月下旬
         〜         〜         〜
        6月上旬      7月上旬      10月上旬
       (隔離圃場内)
(エ)栽培実験を実施する区画の面積及び位置
@区画の面積
隔離圃場内8.6アール(南北20メートル×東西43メートル)の2面の水田のうち北西角の約4.0アール(南北20メートル×東西約20メートル)の区画を使用する。
A栽培を行う隔離圃場の位置
債務者の北陸研究センター稲田圃場内の隔離圃場の境界から事業所境界までの距離は、北側で約180メートル、東側で約100メートル、南側で約250メートル、西側で約270メートルとなっている。
(オ) 交雑防止措置の内容
@組換え体は、隔離圃場内で栽培し、組換えイネの栽培実験に必要な隔離距離26メートルを確保するため、隔離圃場内の北西部の一角で組換えイネ系統を栽培し、隔離圃場内の組換え体栽培区以外は、交雑モニタリング用モチ品種を栽培するか、又は裸地とする。組換え体と隔離圃場外の北陸研究センター内水田のイネとの距離は26メートル以上あり、また、最も近接した一般農家の水田は東側にあり、隔離圃場境界から約220メートルの距離にある。
Aいもち病抵抗性検定の目的で周辺の水田と同時期(平成17年5月下旬)で移植した組換え体は、開花前に穂又は植物体を刈り取る。白葉枯病抵抗性検定及び栽培試験・採種目的の組換え体は、移植時期を6月下旬から7月上旬に遅らせることにより、実験系統の開花期を一般農家水田の主要品種コシヒカリの開花期と重複しないようにする。
実験系統の開花期は、8月第4半旬から第5半旬であるから、周辺の水稲とは、出穂期で2週間以上の時間的間隔があると見込まれる。
また、組換えイネの開花期には、組換え個体を袋がけするか、又は組換え個体栽培区を不織布等で覆うなどして、花粉の拡散を防止する。
なお、隔離圃場内で栽培するイネはすべて同圃場内の水田に鋤き込んで不活化するか、密封して搬出し焼却する。
ウ なお、新潟県の長年にわたる品種交配の結果、いもち病に対する低抗性を有する新たな品種「コシヒカリBL」が開発されて実用に供されているところ、債務者が本件野外実験に供している本件GMイネは、前記のとおり、複合病害低抗性を有するものとして研究が続けられているものである。
2 当裁判所の判断
(1)本件事案における問題点の所在と争点
ア 債権者らの本件仮処分命令の申立ての趣旨・目的は、現在問題となっているGM技術及び同技術の農作物等への応用の是非、あるいはGM作物の野外実験一般を問題としているものではなく、あくまでも債務者が現に実施している本件野外実験が今後も継続されることにより、本件圃場周辺において稲作農業に従事している債権者山田ら及び同債権者らが産出するコメを主食とする消費者の債権者平出らに対し、多大の損害を与えるおそれやその具体的な危険性があるとして、債務者らに対し、職業選択の自由や人格権等に基づき、本件野外実験により既に作付けされた本件GMイネを、刈り取って実験を直ちに中止することを求めているものである。
イ そして、債権者らが、本件野外実験における具体的かつ個別の問題点として指摘するのは、以下の3点である。
(ア)債務者は、本件GMイネは、事前の隔離温室における栽培実験によって、正常に成育し、かつ、かび(いもち病菌)及び細菌(白葉枯病菌)
による病害に抵抗力があることを確認した旨主張するけれども、その安全性や問題点を十分に詰め、解決していない段階で、野外実験に移行するのは時期尚早であり、その危険性から許されない。
(イ)本件野外実験における交雑防止やイネ花粉防止等の安全対策の点において見過ごすことのできない不備がある以上、その危険性からも同実験は許されない。
(ウ)上記問題点を有しながらも、本件野外実験を敢えて推進する積極的な必要性や有用性が認められないし、それを実証するデータもない。
(2)バイオテクノロジーとバイオハザード
近年、いわゆるバイオテクノロジーのめざましい発展に伴い、医療や農業等の諸分野において、難病治療や品種改良等の面で大きく期待される一方、生命倫理等の新たに困難な問題を惹起している。そして、近時、GM食品のように、食料の生産や加工の過程においても積極的に利用されるなど、GMの情報や技術が商品化されて人類に有用な成果を生み出す可能性を有しつつ、他方、これまで自然界に存在しなかった新しい遺伝子の組み合わせを持つ細胞が作られることとなり、これらが実験室内にとどまらず、外部に漏出することによって、病原体微生物による感染や環境汚染等が進行しつつあることが指摘されている(甲2)。
(3)遺伝子組換えに関する規制
遺伝子組換えに関する国際的規制として、2000年1月、カナダで開催された生物多様性条約に基づく特別締約国会議で採択された「バイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書」があり、同議定書は、「近代的なバイオテクノロジーによる遺伝子組換え生物が、生物多様性の保全と持続可能な利用に悪影響を与えないよう、国境を越える移動に十分な安全性を持たせる」ことを目的とする国際的な取り決めであり、我が国では、カタルヘナ法が制定されているほか、一研究段階の遺伝子組換え実験を安全に実施するための基準として、「組換えDNA実験指針」が定められている。
(4)交雑の可能性について
ア イネ花粉の性質と受粉
疎明(乙112、113)及び審尋の全趣旨によれば、イネの花は、通常、早ければ午前10時ころ開花を始め、中からオシベが伸びて花粉を放出してメシベにかかって受粉する(自家受粉)、花粉の交雑能力は、1分経過すると約4割以下に低下し、長くとも5分程度で消滅し、そして約1時間半後には閉じ、その後開花することはないこと、1本の穂には通常50ないし150個の花がつき、最初の花が開花してから最後の花の開花までは、最長8日間かかることがそれぞれ認められる。
なお、イネ花粉の生存限界時間が50時間であるとする債権者らの主張は、前掲各疎明に照らして採用できない。
イ 債務者の花粉飛散防止策
(ア)本件GMイネと周辺農家のイネとの開花時期に関する債務者の前記主張によれば、天候やイネの個体の性質如何によっては、開花時期が重なるおそれがあるところ、債務者は、当裁判所からの本件GMイネの花粉飛散防止策に関する釈明に対し、次のとおりの飛散防止策を講ずることを確約している。
@まず、本件GMイネの開花がすべて終了するまでの間、個々のイネ自体にパラフィン紙及びビニールシートを被せるほか、更に本件GMイネの作付け部分全体を不織布(ポリエステルを材料とした育苗用の農業資材)で覆うことを予定している。なお、上記不織布は、一般的な農業用ビニールハウスに用いる鉄製パイプで骨組みを作り、その上からプラスチック製の留め具で不織布を固定するものであり、かつ、パイプは土の中に埋め込んで固定する。
A 次に、上記花粉飛散防止策を講じている期間中における本件GMイネの観察方法に関しては、まず、イネの性質として、通常午前10時前後に開花を始めて昼ごろには開花が終了し、また、イネの花粉は概ね開花の5分後には交雑能力が完全に喪失することから、債務者は、上記開花特性や交雑能力の限界等を踏まえた上で、観察を実施する。
B本件GMイネを刈り取った後、残った株から穂が生えること(いわゆる二番穂)があり得るけれども、債務者は、二番穂が生じた場合にも、再度刈取りを行うことを予定している。
(イ)これに対し、債権者らは、まず、債務者の予定する前記花粉飛散防止策によっても、大風や大雨等の自然の変化によってビニールシート等が簡単にはずれたり破れたりするとか、あるいは、本件GMイネの観察のため、職員が上記不織布に囲まれた内部に出入りしたり、個々のイネに被せたパラフィン紙を外した時に、花粉が飛散するおそれがあるとか、昆虫や鳥を介して花粉が外部に出るおそれも否定できないところ、仮に、自然交雑の可能性が1パーセントであっても、イネの性質からみると飛躍的に増大する危険性がある以上、本件野外実験を直ちに中止すべきである旨主張する。
(ウ) 確かに、現段階では、本件GMイネの安全性が科学的に完全に証明されているとはいえないとしても、これまで閉鎖系の室内における各種の実験を通じて、安全性を含めた多種多様な実験・研究がなされ、それらの実験結果を踏まえて、農林水産大臣及び環境大臣から第1種使用規程の承認を受けた組換え作物であること、イネは本来自家受粉の性質を有.しているほか、その交雑能力もせいぜい5分程度にすぎないこと等を併せ考えると、債務者の予定する前記飛散防止策により、一応、現在周辺農家において生育中の一般イネとの自然交雑の可能性はほとんどないものと考えられ、その他、本件野外実験の性格や態様、債務者の予定する前記花粉飛散防止策の内容等に照らすと、自然交雑の確率が1パーセントであっても、本件野外実験を直ちに中止すべきであるとする債権者らの主張は相当でない。
(5)ディフェンシン耐性菌等について
ア 前掲各疎明によれば、ディフェンシンとは、分子量が小さく、陽イオンを帯び、システイン残基に富み、抗菌活性を示すタンパク質の総称であって、アミノ酸の一次構造や高次構造あるいは抗菌作用の活性スペクトラム(作用の対象となる微生物の種類)、更には抗菌活性の強度に応じて多様なものが存在していること、ディフェンシンは、糸状菌等の細胞膜の特定の脂質(スフィンゴ脂質)に関わり抗菌作用を示すものであるが、細胞に孔を開けるという報告例は存在しないし、債務者の実験結果によれば、イネの食用となる胚乳部分にはディフェンシンは残存していなかったことが確認されていること、カラシナ由来のディフェンシンを含むいわゆる植物型ディフェンシンとヒトディフェンシンを比較すると、SS結合(タンパク質中に含まれるイオウ原子同士の結合をいい、これによってタンパク質の立体構造が強化される。)の数が異なっており、ヒトディフェンシンを始めとする多くのディフェンシンが3個のSS結合を持っているのに対し、植物型ディフェンシンは、4個のSS結合を持っているという構造上の特徴から他のディフェンシンと区別されていることが認められるところ、債権者らは、債務者が今後も本件野外実験を継続した場合には、本件GMイネの茎や根からディフェンシンが大量に外部に漏出するため、ディフェンシン耐性菌が出現する可能性が高く、その上、水中等から上記耐性菌が周辺農家の農地等に流れ込み、その結果、周辺農家に重大な損害を与える旨主張し、自然界におけるディフェンシン耐性菌の出現を認めた論文として甲82.83を引用するとともに、これに沿う疎明(甲19、81、86ないし92、94)を提出している。
イ しかしながら、他方、疎明(乙105、106、116)によれば、債権者らがディフェンシン耐性菌の出現を報告したとする前記各論文は、いずれもディフェンシンの病原菌に対する作用機構等を明らかにする実験過程で、いわば自然界とは全く異なる実験環境下において、ディフェンシン耐性菌の出現を確認したというにすぎず、そのことから、本件野外実験のように自然界に近い状況下において実験を継続している過程で、ディフェンシン耐性菌の出現が飛躍的に増加することが確認されているとか、本件野外実験を今後継続することにより、その危険性が高くなるとする疎明もない。
ウ 次に、ディフェンシンの土壌微生物等への影響について検討するに、カラシナは、これまで長年にわたって圃場で栽培されてきたものであって、カラシナ由来のディフェンシンが土壌や雨水中に流れ出していたにもかかわらず、これまで強力なディフェンシン耐性菌が出現したとの報告はされていないし、また、田畑に棲む動植物への悪影響も特に認められておらず、そうすると、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子を用いた本件GMイネの栽培によって、特に土壌微生物に対して重大な影響を及ぼすとする疎明も不十分である。
エ もっとも、債権者ら提出の前掲各疎明の指摘するとおり、本件GMイネに組み込まれたカラシナ由来のディフェンシンは、必要に応じて生産される自然界のディフェンシンとは異なり、いもち病等の病原菌の有無にかかわらず、常時ディフェンシン遺伝子が発現してディフェンシンを多量に作り続ける性質を有しており、したがって、本件野外実験の過程で、債権者らの主張するように、本件圃場内にディフェンシン耐性菌が出現する可能性があるとしても、本件野外実験は、一般圃場ではなく、債務者の北陸研究センター稲田圃場内のうち、一応他から区別された隔離圃場で行われているものであり、したがって、本件野外実験の過程で、耐性菌が飛躍的に増加した上、同耐性菌が本件圃場の外に自然に流れ出し、一般の水路等を通って債権者山田らの農地内に流入し、そこに生育しているイネ等に具体的な損害を与えるおそれがあるとする点についても、これを裏付ける疎明は特にない。
オ 以上によれば、本件GMイネを栽培することにより、直ちに耐性菌出現の可能性が飛躍的に増大し、その結果、債権者山田ら周辺農家の農業に重大な影響を与えるとの点に関しては、疎明不十分といわざるを得ない。
(6)まとめ
ア 以上るる検討してきた結果を総合すれば、債務者が現在計画し、その実施を進めている本件GMイネ開発計画の趣旨・目的、その有用性や必要性については一応肯認することができ、また、本件野外実験自体は、法で定められた所定の手続を経て、学識経験者の意見を聴取した上、パブリックコメントの手続を経た後、農林水産大臣や環境大臣の承認を得て実施されているものであって、手続的には何ら違法の点は認められないし、また、債務者において、本件GMイネの花粉飛散防止のための二重の防止措置を執ることが予定されており、その結果、本件GMイネの花粉が周辺農家の農地に生育するイネと自然交雑する可能性は極めて低くなっているほか、先に認定したとおり、平成17年度の本件野外実験が今後更に2か月余り継続することにより、その間、ディフェンシン耐性菌が飛躍的に増大し、それが周辺農家の農地等に流入するなどして多大の損害を与えるおそれがあると認めるに足りる疎明はないから、債権者山田らの本件申立ては、結局理由がないものというべきである。
イ 次に、債権者平出らは、本件野外実験が実施されている本件圃場周辺の農地から産出したコメを食する一般消費者の立場から、本件GMイネを利用した本件野外実験の問題点を指摘して、同実験の差し止めを求めている(ただし、本件における申立ての内容は、既に作付けされた本件GMイネの刈取りである。)けれども、既に、説示したとおり、本件GMイネは、いまだ商品として認可されて一般の市場に出回っているわけではなく、あくまで将来の商品化に向けて、その安全性等に関する調査・研究等が行われている段階にすぎず、したがって、債権者平出らにおいて、将来的に本件GMイネ又はそれにより交雑されたコメを食することへの強い不安感や危機感、ないし拒否感を抱いていることは一応理解できるけれども、そのことから、前記のとおり、いまだ実験段階にある本件野外実験によって、直ちに同債権者らに明確かつ具体的な損害が発生しているとか、その蓋然性が極めて高いとする疎明は不十分であるといわざるを得ないから、更にその余の点について判断をするまでもなく、債権者平出らの本件申立ては、この点からみても理由がないというべきである。
ウ しかしながら、他方、'先に認定判断したとおり、現段階では、債務者が本件野外実験に供している本件GMイネに関しては、いまだ未解明な部分もあり、その安全性が科学的に完全に立証されているとまではいえず(その点は、今後更に実験や研究を続けていくなかで更に解明していく必要があることはいうまでもない。)、また、本件GMイネの安全性や本件野外実験の実施等に関し、本件圃場周辺で農業を営む者や一般消費者を始めとして、関係各団体等から、多くの反対意見や実験中止の要請がなされていることに対し、前記各疎明によれば、これまでの債務者側の対応には、適切さを欠いていたと思われる点が全くなかったとはいえず、少なくとも栽培実験指針に定められている「栽培実施計画書について意見が寄せられた.場合には、計画書に記載した内容について、科学的根拠や関連する情報をわかりやすく説明するなど、情報交換と意見交換に努めること」との規定の趣旨に沿った行動としては多少不十分であったことは否めない。そして、そのことも一因となって、津南町議会や五泉市議会において本件野外実験の即時中止の請願が採択されたり(甲11)、県市長会において、いまだ債務者の説明責任が十分に果たされていないし、主食であるコメの遺伝子組換え作物に対する消費者の拒否反応が強く、また、風評被害が懸念されるとして、実験の即時中止を求める決議がなされたり(甲69)、あるいは関係機関等から債務者に対して実験中止の要請がなされるなど(甲9、12)の大きな反対運動に発展したものとみることができる。
エ ところで、前記指摘した点や栽培実験指針の趣旨・目的等にかんがみると、債務者としては、今後、本件野外実験を含む本件実験計画を遂行するに当たっては、国民のなかには、いまだ遺伝子組換えに対する根強い反対や拒否反応を示す人が多くいるということにつき十分配慮した上で適切な対応をすることが要請されているものというべく、また、今回のGM作物が;家畜等の飼料や草花等とは異なり、我々が日常口にする主食のコメであることもあって、消費者における抵抗感が一層強く一なっているという事実を謙虚に受け止める必要がある。さらに、コシヒカリという全国的にも有名なブランド米を産出している土地柄等からすると、風評被害が起こり易く、いったん風評被害が発生すると、米作農家等にとっては大打撃を受けることは想像に難くない。したがって、GM技術が必ずしも万全のものではなく、将来予測できない不幸な事態が発生する危険があると危惧する周辺農家や一般消費者に対し、研究・開発の担当者である債務者には、これまで以上に本件GMイネの開発計画の内容や問題点等について、正確で分かり易い説明をし、その理解を得られるよう引き続き努力することはもちろん、上記開発計画を遂行する過程で得られた情報や実験結果等(特に、本件で問題とされた本件GMイネの原告山田ら周辺農家のイネに対する交雑の可能性、本件の隔離圃場内におけるディフェンシン耐性菌の発生状況と伝播の有無等)に関しては、今後とも生産者や消費者に的確に情報提供したり説明をすることにより、本件GMイネに対する不安感や不信感等を払拭するよう努めていく責任があり、仮にも、上記の情報公開等が円滑に行われず、いたずらに生産者や消費者の不安感等を助長するような事態を招き、その結果、農業等を行う上で具体的な損害ないし支障が生ずるような状況に立ち至ったときには、本件野外実験の差止めを求められてもやむを得ないものというべきである。
3 よって、債権者らの本件仮処分命令の申立ては、現段階では、いずれも理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

平成17年8月17目

  新潟地方裁判所高田支部

          裁判官 板垣千里


posted by GMNG at 23:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 裁 判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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