2005年11月25日

特別抗告申立理由補充書

平成17年(ラク)第561号
申立人 山田 稔他11名
相手方 独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構

特別抗告申立理由補充書


平成17年11月10日


東京高等裁判所第5民事部 御中

申立人ら代理人
弁護士     神山 美智子

同       柳原 敏夫

同       光前 幸一

同       柏木 利博
 
同       近藤 卓史

同       馬場 秀行



頭書事件の特別抗告申立理由を以下のとおり補充して主張する。

1 本件特別抗告は、原審裁判所が、民事保全法7条が準用する民事訴訟法143条の解釈を誤り、抗告人らの適正な裁判を受ける権利を侵害したので、憲法に第32条に違反するものであり、また国民の幸福追求権を保障した憲法第13条にも違反するものであることをも、理由として補充追加主張するものである。

2 原審裁判所は、抗告人らの抗告の趣旨変更の申立を却下したが、これは民事訴訟法第143条の解釈を誤ったものである。

3 抗告人らは原審において、以下のとおり抗告の趣旨の変更の申立をした。
(1) 相手方は、刈り取った本件GMイネ、収穫したもみおよび圃場に残された株につき、発生したディフェンシン耐性菌もしくはその発生を予防するため、本決定受領後2日以内に、火炎滅菌、乾熱滅菌(160℃で4時間、または180℃で2時間)、加圧蒸気滅菌(121℃で20分)のいずれかの方法により耐性菌の殺菌処理をせよ。
 (2) 相手方は、本件圃場の土壌につき、発生したディフェンシン耐性菌もしくはその発生を予防するため、本決定受領後2日以内に、火炎滅菌、乾熱滅菌(160℃で4時間、または180℃で2時間)、加圧蒸気滅菌(121℃で20分)のいずれかの方法により耐性菌の殺菌処理をせよ。

4 これに対し原審裁判所は、「民事保全手続には暫定性(仮定性)、迅速性(緊急性)、付随性という特徴があるから、この手続の性質上、保全の趣旨の変更については、より厳格に判断すべきであると考える。」とし、「抗告人らは、本件審理が大詰めに近づいた平成17年10月4日に至って、突然に抗告の趣旨を変更すると主張したもので」あり、「明らかに従前の趣旨で求めていた本件GMイネの刈り取り等とは別の仮処分を求めるものであると言わざるを得ず、その余の(1)及び(2)にしても、相手方の防御に関して新たに過大な負担をかけるものであり、いずれも、本件手続を遅延させることになるといわざるを得ない。」として退けた。

5 しかしながら、ディフェンシン耐性菌が出現した場合の、人類を含む生物・生態系へ及ぼす影響の深刻さを考えれば、その影響を未然に防止することは、本件GMイネの野外実験に踏み切った相手方本来の、当然の責務であり、このような防止策は、抗告人らが求める前に相手方自ら当然行うべき措置である。 
 抗告人らが申立の趣旨を変更してまで相手方に求めた措置は、いわば花火の後始末に等しいものである。火事になるおそれを主張して花火の中止を求める仮処分が却下されたとしても、花火の後始末は、花火で遊んだ者の当然の義務である。
原審裁判所の上記認定は、ディフェンシン耐性菌の出現を杞憂とした判断に基づくものであるが、相手方は、本件実験許可に際し、ディフェンシン耐性菌出現の有無につき何らの調査も、室内実験もしていないのであるから、耐性菌出現の報告がないなどという程度のことで、耐性菌を未然に防止するための後始末をしなくて良いはずがない。

6 原審裁判所が述べるように、仮処分には迅速性(緊急性)があるからこそ、後始末に等しい変更後の趣旨で求める程度の措置を相手方に緊急にとらせる必要があるのである。
しかも相手方にとって、この程度の後始末をすることは一挙手一投足の労に過ぎず、過大な負担をかけるようなものでは決してない。
なお、本件仮処分を遅延させてきたのは相手方であって抗告人らではない。原審裁判所は、抗告人らの迅速な裁判進行を求める上申書を無視し、自ら裁判を遅延させた相手方を擁護しているに等しいものである。

7 人類の未来にも直結する野外実験の適切な後始末も命じることができないのでは、裁判制度の存在価値が失われると言っても過言ではない。
相手方に過大な負担をかけることもなく、裁判が遅延するおそれもないとき、抗告の趣旨変更を許さないのは、民事保全法7条が準用する民事訴訟法143条の解釈を誤り、抗告人らの憲法第32条により保障された適正な裁判を受ける権利を奪うものである。

8 また憲法第13条は、「すべて国民は個人として尊重される。生命、
 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に
 反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
 と定めている。国民はすべて、生命及び幸福を追求する権利を有しており、裁判所も当然のことながらその権利を最大限に尊重すべき義務がある。
  しかるに原審は、ディフェンシン耐性菌出現のおそれを杞憂として退けたが、世界中の良心的な微生物学者が指摘するそのおそれが現実のものとなったときには、人間を含む生物・生態系が破壊されるのである。そうならないように、抗告人らは相手方の実験の適正な後始末を要求し
 ているに過ぎないのであって、このような抗告の趣旨変更は、憲法第1
 3条の生命・幸福の追求権に根拠がある。その変更を許さない原審裁判所の判断は、憲法第13条に違反した許されないものであることは明らかである。

9 なお11月4日付で提出した理由書末尾の別紙概要中、同5の生井兵治氏の肩書き「筑波大学農学部教授」とあるは誤記であるから、「筑波大学農林学系教授」と訂正する。
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2005年11月12日

抗告不許可決定

東京高裁より抗告不許可決定(PDF)が出されました。(11/07)
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2005年11月10日

特別抗告理由書

平成17年(ラク)第561号
申立人 山田 稔 外11名
相手方 独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構

特別抗告理由書


2005年11月4日


東京高等裁判所第5民事部 御中

申立人ら代理人
弁護士     神 山 美智子
同       柏 木 利 博
同       光 前 幸 一
同       近 藤 卓 史
同       馬 場 秀 行
同       柳 原 敏 夫



頭書事件の抗告理由は以下のとおりである。

目 次

1、申立人が特別抗告に及んだ理由              2頁
2、憲法違反の意味について                 3頁
3、はじめに――申立人にとって予想外の出来事――      4頁
4、本裁判の主題                      5頁
5、本裁判の争点解明と抗告審の審理経過           6頁
6、本GMイネと一般イネと交雑の可能性           7頁
7、ディフェンシン耐性菌の出現とその影響          9頁
8、野外実験承認のための申請段階における重大な手続違反   12頁
9、判断基準としての「予防原則」の必要性          14頁
10、抗告の趣旨変更の可否について 15頁
11、終わりに――未だ生まれざる者たちに対する義務の履行―― 17頁


1、申立人が特別抗告に及んだ理由
言うまでもなく、申立人が本件で最も危惧してやまないことは、ディフェンシン耐性菌の出現・流出による人類その他動植物に及ぼす重大かつ深刻な影響(健康被害、生態系の破壊)に対し、このような重大な侵害を受けずに健康で文化的な生活を営む権利が憲法上保障されているにも関わらず(憲法25条・13条)、学問研究の自由の名の下に、憲法上も最も尊重されて然るべきこの生存権が回復不可能な形で損なわれてしまうことである。
こうした危惧が決して申立人の「杞憂」でないことは、いったん発生するや、国内において、あれほど徹底した予防対策を繰り返してきたにも関わらず、少しも続発を食い止めることができないばかりか、今や世界的流行の懸念さえ現実化してきた(ディフェンシン耐性菌と同様の生物災害である)鳥インフルエンザの猛威を見れば明らかである。
また、近年の大規模食品事故の過去には見られなかった顕著な特徴として、社会衛生の素晴らしい向上にもかかわらず、O157食中毒やBSE(狂牛病)などの深刻な生物災害が続発し(甲1)、しかもその被害の発生、拡大に、本来草食動物の牛に死亡牛のリサイクル利用(飼料として肉骨粉を使用)の導入といった経済効率優先の人為的な操作の導入が大きく寄与している点である。つまり、現代の重大かつ深刻な生物災害は、たまたま自然発生的に生じたものではなく、人為的な操作が引き金となって発生する可能性が極めて高いものであることを承認せざるを得ない。
そこで、こうした大規模食品事故の脅威の結果、今や、O157食中毒やBSE(狂牛病)などの被害を受けずに健康で文化的な生活を営むことは現代市民にとって極めて切実な、それゆえ最も根源的な要請となっており、したがって、それが、憲法25条、同13条により、生存権の人格権的側面・自由権的側面として保障されるべきものであることは言うをまたない。
しかるに、原審裁判所は、この点の重大性をまったく顧みないまま、学問研究の自由の名の下に相手方の遺伝子組換え(以下、GMという)イネの野外実験を認め、その結果、憲法上も最も尊重されて然るべき生存権の侵害をもたらす憲法違反の決定を下した。
そこで、申立人は、本裁判で問われている問題が今世紀の人類の生存に深く関わる最重要の問題であることにかんがみ、特別抗告を行なったものである。

2、憲法違反の意味について
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」を定めた憲法25条は、裁判上これまで、主として「最低限度の生活を」実現するための経済的な保障をめぐって問題になったが、しかし、生存権はもともとそのような経済的、財産的側面だけにとどまるものではなかった。生存権に基づき「食品衛生法、環境基本法、大気汚染防止法など公衆衛生のための制度の整備も図られてきた」(芦部信喜「憲法」新版239頁)ことからも明らか通り、また、1960年代の高度成長の結果、大規模な公害が発生し、環境が著しく破壊される中で、「健康で快適な生活を維持するための条件として、良い環境を享受し、これを支配する権利」(環境権)が、生存権の一内容として主張されるに至ったことからも明らかな通り、さらには、文化的な創造物保護に関する基本法である著作権法が、財産的な権利(著作権)のみならず、人格的な権利(著作者人格権)をも保障していることからも明らかな通り、生存権もまた、経済的、財産的側面の保障のみならず、人格権的な側面まで保障されることにより、初めてその本来の目的が達成されるものである。つまり、市民は、生存権の人格権的側面として、健康を破壊されることなく、また我々の生存の基盤である生態系を破壊されることなく、健康で文化的な生活を営む権利を有する。同時にそれは、この権利の実現を図るために、公権力による積極的な環境保全・改善のための施策を公権力に要求するという意味で社会権的な側面を有すると共に、健康被害、生態系の破壊をもたらす他者の経済活動・研究活動を規制するという意味で自由権的な側面を有する(その意味で、憲法の体系上、13条の幸福追求権の一内容をなすと言うことができる)。
そして、表現の自由が民主主義社会の死命を制し、その根幹をなす極めて重要な人権であるとすれば、生態系を破壊されることなく健康で文化的な生活を営む権利は、それが失われたときには人類のすべての自由と権利がもはや存立し得なくなるほどの、人間社会にとって根幹をなす最も重要な人権である。
本件では、「人間の歴史上前例のない技術上の力業」である遺伝子組換え技術という人為的な操作により、市民の健康や生態系に深刻な災厄をもたらす危険性という問題が問われており、まさに、生存権の自由権的な側面、つまり、人間社会の根幹をなす最重要な生存権と学問研究の自由という人権相互の最も深刻な衝突の調整が問われており、原審裁判所は、その調整の仕方について、「人権の実質的公平な保障を確保」(宮沢俊義「憲法T」235頁)することが求められている憲法の解釈を誤ったものである。
 また、10で後述する通り、原審決定は、不適切な訴訟指揮と申立人らの申立の趣旨変更に対し不当な制限を加えることにより、申立人らの裁判を受ける権利(憲法32条)をも侵害したものである。

3、はじめに――申立人にとって予想外の出来事――
 正直なところ、我々申立人らやその代理人ですら全く予想していなかった事態が本仮処分裁判を通じて起きた。それは、「GM技術に従事する科学者の95%は開発側に立っている」(甲58のNHK-BS番組のラスト)現状では、号令一下で70通もの研究者の署名をかき集めることは絶大な力を持つ相手方なら不思議でも何でもないことであるが、これとは好対照をなす、新潟県の全く無名の市民である申立人らにとって、それまで何のご縁もなく、名前すら知らなかった科学者・研究者たちから、しかも日本全国のみならず世界中から、本野外実験の最大の危険性(ディフェンシン耐性菌出現の危険性)について、警鐘を鳴らす声が次から次へと届けられたことである(甲86〜92。94。同118〜121)。なぜ、彼らは、見も知らない我々の裁判のために、一文の得にもならないどころか我が身の研究に不利益・障害が及ぶであろうことを承知でその危険を顧みず、敢えて今回の国家的プロジェクトに異議の声をあげたのだろうか――思うに、科学的な認識として、ディフェンシン耐性菌出現の可能性が市民の人体の安全のみならず地球上の生態系に及ぼす影響の重大性を考えたとき、研究者として自らの理性と良心に照らし、とうてい黙っていることができなかったからとしか思えない。
これに対し、司法(原審の高等裁判所)は、本野外実験の危険性について、これらの研究者に匹敵するだけの理性と良心をもって誠実に判断に臨んだであろうか。答えは遺憾ながら完全に否である。その結果、原審裁判所は、憲法23条の学問研究の自由の名の下に、この自由と鋭く衝突・対立する「健康を破壊されることなく、また我々の生存の基盤である生態系を破壊されることなく、健康で文化的な生活を営む権利」(憲法25条、13条)が不当に侵害されることを容認し、地球の環境破壊に手を貸したのみならず、環境保全との調和の中でしか科学的研究の未来はないことを真摯に考えている多くの研究者の人たちに深い失望を与えた(別紙4〜8の研究者の感想参照)。本特別抗告は、こうした彼らに希望を取り戻すための裁判である。

4、本裁判の主題
本裁判の主題は単純明快である。生産者または消費者である申立人らが本野外実験に対し抱く根本的な疑問とは以下のように要約することができる。
本野外実験で栽培される、「ディフェンシン」を常時大量に産出する本GMイネについて、
(1)、何よりも第一に、ディフェンシン耐性菌が容易に出現し、なおかつ外部に流出して大量に自己増殖する可能性があるにもかかわらず、これに対する対策が全く取られていないこと、
(2)、未だ食品安全性の審査を受けておらず、殺菌剤などと同様に殺菌作用を持つ「ディフェンシン」が果して人体へ害作用がないのかなどの作用機構も未解明であること、
(3)、その「ディフェンシン」が(単に、胚乳部分だけではなく)およそコメの食用部分には絶対に発現または移行しないかどうかも未解明であること、
 このような状況で本野外実験を強行した結果、
(a)、出現したディフェンシン耐性菌が実験場の外部に流出し、自己増殖したディフェンシン耐性菌が、人体の健康のみならず地球上の生態系に重大かつ深刻な影響を及ぼす恐れがあり、
(b)、自然交雑の可能性は大いにあり得る以上、上述(2)の安全性が確保されない本GMイネが自然交雑を通じて一般水田に広がり、一般米と混じった本GM米を消費者が口にする蓋然性は高く、
(c)、さらには、自然交雑を通じて一般水田に広がった本GMイネを通じて、ディフェンシン耐性菌はここでも容易に出現する可能性があり、そうなったら、ディフェンシン耐性菌は電光石火に至るところに広まることは避けられない。
それに対し、申立人はこう問わずにはおれない。
消費者への健康、生物多様性の保全、環境への悪影響の防止を政府のバイオテクノロジー戦略の最優先課題として掲げ(甲51)、また、「疑わしきは罰する」を旨とする予防原則をGM食品の安全性や生物多様性の保全に関する原則として掲げるわが政府の下で(甲70。同110の放送大学講義)、
予見不可能性 と回復不可能性 を本質とするGM事故が問われる本件について(甲108)、
本GMイネに関してリスク(危険)のみ負い、ベネフット(利益)は何も享受しない生産者または消費者である申立人らが、
一体いかなる理由でもって、上述したように人体の健康を脅かし、生物多様性の保全を危うくし、生産と環境への悪影響が確実に懸念される本GMイネの野外実験という危険な状態を受忍しなければならないのだろうか、と。

5、本裁判の争点解明と原審の審理経過
(1)、前述の主題をめぐって、申立人は、原審の冒頭から、争点を4つに絞って、次の通り提示した(準備書面8・11)。
@. 自然交雑の可能性につき、これを判断する上で決め手となる「イネの花粉の交雑能力の時間はどれくらいか」という前提問題をめぐって、相手方及び一審裁判所は、本来なら生物学的な見地に立つべきところ、これを「人工受粉」的な見地と取り違えるという致命的な誤りに陥っているという問題。
A. ディフェンシン耐性菌の出現につき、この出現を報告した2つの論文(甲82、83)から本野外実験においてもディフェンシン耐性菌が出現する可能性は高いと推測することが合理的であるのに、これを否定する相手方及び一審裁判所の見解は誤ったものではないかという問題。
B. 第1にコマツナ由来の導入遺伝子を、カラシナ由来と偽って本実験承認の申請を行なった点で、第2にディフェンシン耐性菌の出現とその影響という重大な問題について記載を怠った点で重大な手続違反ではないかという問題。
C. 予見不可能性と回復不可能性を本質とするGM事故が問われる本件では、判断基準として「疑わしきは罰する」の予防原則の適用が必要不可欠ではないかという問題。
(2)、これに対し、「説明責任を尽くす」と表明した相手方は、驚くべきことに、Bを除いて(その反論すら10月4日までかかった)、原審の間、何ひとつ反論をせず、首尾一貫して「黙して語らず」の態度を取った。
(3)、そこで、本野外実験の安全性について徹底的な解明を望む申立人は、相手方の沈黙を「申立人の主張を認めたもの」と認めてよいか明確にするために、原審裁判所に、これらの争点に関する相手方の認否・反論を尽くすように求めた。
(4)、しかるに、原審裁判所は、一方で、相手方からこれらの争点に対する明確な認否・反論が一切出されなかったにもかかわらず、寛大にも、相手方の頑なな沈黙を「申立人の主張を認めたもの」とは扱わず、他方で、原審裁判所自身もまた、申立人が原審の核心であると提示したこれらの争点について、相手方と同様、Bを除いて、全てに沈黙し、ひとつも判断しなかった。
しかし、結果として、原審裁判所は、申立人の提示した争点につき、申立人の主張をすべて否定する形で申立を棄却する結論を導いた(なぜなら、申立人の主張を肯定するのであれば、原審の結論を導き出すことは不可能だから)。しかし、申立人が提示した争点を、最低限度の理性と良心でもって、注意深く正確に理解さえすれば、申立人の主張を否定する態度が「いかにまちがいであるか」が、一点の疑義もなく明らかにされる筈である。以下、これをひとつずつ明らかにする。

6、本GMイネと一般イネと交雑の可能性
(1)、問題の所在
イネの自然交雑の可能性について判断する上で、「イネの花粉の交雑能力の時間はどれくらいか」という前提問題の判断が決定的に重要であった。なぜなら、本野外実験で採られた交雑防止策は、イネの花粉の交雑能力の時間が「5分説」を前提に策定されたものであって、申立人が主張する「50時間」であれば完全に破綻する内容だったからである。
そこで、この問題をめぐって、両者は真っ向から対立し、相手方から「5分説」を裏付ける証拠(甲112、113の研究者の意見書)が提出され、一審裁判所もこれを採用した。
しかし、この証拠には、致命的な問題があった――この証拠が論拠とする研究論文はいずれも、生物学的にみてイネの花粉はどれくらいの時間、交雑能力を有するのかを問うたものではなく、もっぱら、人工受粉の見地からみて人工受粉に適するイネの花粉はどれくらいの時間までか、を問うたものだったからである。つまり、人工受粉に適するイネの花粉の寿命を、本野外実験の自然交雑の可能性を判断するために用いることが科学的に正しいことか。これがここでの争点である。
(2)、結論とその理由
結論として、これは明らかに間違っていると言うほかない。なぜなら、
そもそも、本野外実験におけるイネの自然交雑の可能性の問題とは、人工受粉が想定するような生命力ある元気な花粉に限定されず、どんなひ弱な花粉であろうとも、いやしくも交雑能力さえ保持しているものならばこれらをすべて前提にして、一般イネとの交雑の可能性を検討しなければならないものだからである。つまり、純粋に生物学的にみて、イネの交雑能力がどれくらいの時間あるのかを問題にしなければならないものだからである。
これに対し、人工受粉においては、その目的からして当然のことであるが、元気で生命力ある花粉だけが問題となり、それゆえ、人工受粉における交雑能力の時間とは、「元気で生命力ある花粉の状態は、どれくらいの時間か」ということを意味する。それゆえ、植物育種学を専攻する生井兵治氏の指摘(甲95。13頁下から7行目)を待つまでもなく、元気で生命力ある花粉の状態として、「5分説」を唱えるのは正しい。しかし、その結論を、およそ交雑能力を保持するすべてのイネの花粉の時間に当てはめるのは、明らかに間違っている。
(3)、原審裁判所の対応
以上の理由は、冷静に説明を聞けば誰でも分かる程度のことである(だからこそ、相手方も沈黙するしかなかったのである)。ところが、同時にこれは、正確に理解するか否かによって、本野外実験の危険性の判断が正反対になってしまう程の重大な問題である。にもかかわらず、原審裁判所は、この極めて重要な論点に対して、申立人が詳細を尽くした生井陳述書(甲95)に基づきくり返し主張・立証したにもかかわらず、これらに何ひとつ触れることなく、単に、
「疎明によれば、イネの花粉の交雑能力は5分程度であり」(3頁9行目)
とだけ認定した。つまり、申立人があれだけ指摘したにもかかわらず、原審裁判所は、本野外実験におけるイネの花粉の交雑能力の時間は、人工受粉で考える花粉の寿命(5分説)で考えればいいという非科学的な完全に間違った立場を取ってしまった。その結果、本野外実験の危険性の判断についても、正反対の結論を導いてしまったのである。

7、ディフェンシン耐性菌の出現とその影響
 ディフェンシン耐性菌については、時期的に次の2つの争点が存在する。
(1)、一審以来の論点に関する問題の所在
 一審において、申立人は、次のように主張した。
ディフェンシン耐性菌の出現につき、この出現を報告した2つの論文(甲82、83)から本野外実験においてもディフェンシン耐性菌が出現する可能性は高いと推測することが合理的である、と。
これに対し、相手方は、一審のギリギリの最終段階に至って(そのため、申立人には反論する機会が与えられなかった)、次の通り反論してきて、一審裁判所もこれを採用した。
甲82と83で報告された実験は、耐性菌の生育を可能にさせるため、他の生物相等の環境影響の存在しない、およそ自然界とはかけ離れた、特殊な、人工的環境の下で実験を行ったもので、この実験から、自然界で容易に、ディフェンシン耐性菌が出現するという主張の根拠にはならない(黒田陳述書2頁第2。乙116)。つまり、甲82や83の実験は「他の生物相等の環境影響の存在しない」室内の条件だから初めて耐性菌の出現が可能だったのであり、これと異なる、「他の生物相等の環境影響の存在する」自然界の条件では、同様に考えることはできない、と。
しかし、このような反論が科学的にみて正しいかどうか。これがディフェンシン耐性菌に関する第1の争点である。
(2) 、結論とその理由
結論として、この反論は科学的にみて正しいとは言えない。その理由は以下に述べる通りである。
木暮意見書(甲99。6頁(」))が指摘するように、「疎甲82と83には、菌とエサとディフェンシンを混ぜて放置するだけで、耐性菌が出たと書いてあるのですから、自然界でもこの三者が混じり合えば、耐性菌が出るだろうと予想するのが合理的」であり、この三者が混じり合う条件下にある本野外実験もまたこれと同様に考えるべきだからである。
したがって、木暮意見書が指摘する通り、「この予想を否定するには、相当に強力な根拠を示す必要があ」(7頁1行目)るが、以下に明らかにした通り、相手方の反論はこの推論を覆すに足りる「相当に強力な根拠」にはほど遠い。
第一に、相手方は、「他の生物相の環境影響の存在」の違いを強調するが、しかし、木暮意見書(甲99。6頁(。))が指摘するように、生物と他の生物との相互関係は「排他的に働く場合、協調する場合、何の影響もない場合」と多種多様であって、微生物間の共生関係も多くの例があり、それゆえ、科学的には、他の生物相が存在することが、耐性菌の出現を促進するのかそれとも抑制するのかは一概に言えない。
第二に、相手方は、他の生物相以外のものについて、たとえば最も典型的なものとして「餌の環境影響の存在」の違い、すなわち「実験室での人工の餌」と「自然界での餌」の違いも強調するが、しかし、木暮意見書(甲99。6頁(」))が指摘するように、どちらが「耐性菌の出現を促進するか」は一概に言えない。なぜなら、「人工的なエサだけよりも、多様なエサがある自然界の方が、多様な菌が生育して、耐性菌出現に有利な場合も出てくるから」であり、また、一般に、水田土壌1グラム中には数億個ないし数十億個に及ぶ大量の微生物が存在できるくらいエサになる物質が存在しており、むしろ本野外実験の水田のほうが「実験室での人工の餌」よりも耐性菌出現に有利な条件がそろっているとも言えるからである(金川陳述書(3)5頁2行目以下。甲91)。
第三に、相手方からの指摘ではないが、木暮意見書(甲99。7頁(、))が指摘するように、甲83の実験で、「突然変異誘発剤(エチルメタンスルフォン酸:EMS)を用いると耐性菌の出現頻度が8倍になった」と報告されているが、本野外実験のような「自然界」でも、この突然変異誘発剤EMSに匹敵する、突然変異を誘発する強力なものとして紫外線が存在する。このため、(突然変異誘発剤を使用しない)「室内実験」より「野外実験」のほうが、むしろ、「耐性菌の出現を促進する」と言うことができる。
以上の内容を、申立人は、原審において、詳細を尽くした木暮意見書(甲99)に基づきくり返し主張・立証したのである。
(3)、相手方の対応
この科学的な論点に関する申立人の主張・立証に対して、科学者の専門家集団である相手方は、原審において一言も反論しなかった。それは、相手方自身も申立人の主張を認めざるを得なかったからにほかならない。なぜなら、その後、相手方は、新たに次の論点を出してきて勝負に挑んできたからである。

(4)、原審の終盤に至り、相手方が新たに持ち出した論点に関する問題の所在
申立人の抗告理由提出後1ヶ月以上経過した9月27日に至って、相手方は、ディフェンシン耐性菌が出現する可能性がない理由として、新たに、「科学的に公知」な事実と称して、
「ディフェンシンがイネの細胞から外部に出る可能性は存在しない」
という反論を持ち出すに至った(相手方準備書面(5)。さらに、これは科学的に公知だから、平成16年11月の実験承認の申請手続のときにも問題はなかったと主張するが、それほどまでに科学的に公知と言うのなら、どうして、本仮処分申立から3ヶ月も経過した原審の最終段階に至って初めて、これを主張するに至ったのか、理解不可能である)。
しかし、このような反論が科学的にみて正しいかどうか。これがディフェンシン耐性菌に関する第2の争点である。
(5)、結論とその理由
結論として、この反論は科学的にみて、というより科学以前の初歩的な知識のレベルで誤った杜撰な主張というほかない。その理由は以下に述べる通りである。
ア、相手方は、ディフェンシンがイネの細胞から外部に出ない理由のひとつとして、「植物の細胞壁の構造的な特徴」を挙げる。つまり、細胞同士をつなぐ細い通路(プラスモデスム=原形質連絡)の直径は20〜40ナノメーターであり、そこを通過できる物質の大きさは分子量に換算して800以下のサイズであるところ、カラシナディフェンシンの分子量は約5、700であって、「大きすぎて‥‥この通路を物理的に通過することができない」、と(準備書面(5)7頁(6))。
しかし、これは科学以前の初歩的な知識のレベルで二重に誤っている。なぜなら、
第1に、ディフェンシンが細胞同士をつなぐプラスモデスムを通過したところで、あくまでも隣の細胞膜の内部に移動するだけであって、これをなんべんくり返したところで細胞膜の外に出るわけではなく、そもそもこの議論自体が失当だからである。
第2に、分子量約5、700のカラシナディフェンシンの直径は、約2〜4ナノメーターであり(分子量がほぼ同じインシュリンの直径を示した別紙1図面参照)、直径は20〜40ナノメーターのプラスモデスムをらくらく通過できるからである。
イ、相手方は、ディフェンシンがイネの細胞から外部に出ない理由の2つ目として、「ディフェンシンとマイナスに荷電した細胞壁とのトラップ(結合)」を挙げる。つまり、
「ディフェンシンは、・・塩基性の蛋白質であり、・・マイナスに荷電した細胞壁と結合」し、解離しない、と(6ページ(2)(5))。
 しかし、これもまた、科学的に公知なレベルで完全な間違いである。なぜなら、金川意見書(甲125。3頁b)が指摘する通り、「これは科学的に公知な事実ですが、水田の水にはCa2+、Mg2+、Na+、 K+など、マイナスの荷電を中和するイオンが十分に存在するので、これらのイオンで細胞壁の荷電が中和され、結合したディフェンシンが容易に解離し、溶出するからです。」
ウ、そして、「ディフェンシンがイネの細胞から外部に出る可能性」について言えば、科学的に公知な次の理由により当然肯定できる。
(。)、そもそもディフェンシンは「分泌型たんぱく質」であり、分泌小胞に運ばれて、細胞内から細胞膜の外に放出される(別紙2図面参照)。
(「)、細胞膜の外に放出されたディフェンシンは、20〜40ナノメーターのプラスモデスムが通れるだけの籠状の細胞壁の間をらくらく通過できる(別紙3図面参照)。
(」)、たとえ、ディフェンシンがマイナスに荷電した細胞壁と結合したとしても、イで前述した通り、水田の水にマイナスの荷電を中和するイオンが十分に存在するため、細胞壁の荷電が中和され、結合したディフェンシンは容易に解離する。

(6)、以上から、ディフェンシン耐性菌が容易に出現する可能性は高いと言わざるを得ず、そこで「疑わしきは罰する」を旨とする予防原則に従えば、ディフェンシン耐性菌に対する対策が不可欠というべきである。
 しかるに、原審裁判所は、本裁判の最重要のこの論点について、全く何一つ具体的な言及をすることなく、にもかかわらず、申立人及び微生物の専門家たちの意見書を評して「杞憂」にすぎないと断じた(3頁)。「疎明がない」としか言わなかった一審の決定と異なり、「杞憂であり」とまで表明した以上、よほどの科学上の確信に支えられたものと思われるが、それならば、前述した科学以前の初歩的な知識のレベルですら間違いに陥っている相手方の杜撰な主張を一体どのように理解したのだろうか。

8、野外実験承認のための申請段階における重大な手続違反
(1)、コマツナ由来の導入遺伝子を、カラシナ由来と偽って本実験承認の申請を行なった点
ア、問題の所在
申立人は、本実験承認の申請手続について、「本来ならば、承認申請書(疎甲21。以下、本申請書という)にディフェンシン遺伝子がコマツナ由来と書くべきところ、これとは別種の植物であるカラシナ由来と記載して、本野外実験の承認を受けた点」を問題とし、遺伝子組換え実験の安全性審査において最も基本的で重要な事項である『導入した遺伝子』に関する虚偽の記載として、その重大性を指摘した。
これに対し、原審裁判所は、
@.まず、「承認申請書に、ディフェンシン遺伝子がコマツナ由来と書くべきところ、カラシナ由来と記載して、本野外実験の承認を受けた」(4頁4行目)事実を認めたものの、
A.その違法性の評価については、その虚偽の記載の事実は「遺憾であるというべきであるが、本件野外実験承認手続に重大な瑕疵があるとは評価できない」と、なぜ重大な瑕疵でないのか一言も理由を明らかにすることなく結論を下した。
しかし、この虚偽の記載が重大な瑕疵ではないといえるかどうか。これがここでの問題である。
イ、結論とその理由
 結論として、これは重大な瑕疵と言わざるを得ない。なぜなら、たとえ同じアブラナ科の植物とはいえ、コマツナとカラシナではその遺伝子の配列は異なり、それゆえ、コマツナとカラシナのディフェンシンでは、いもち病菌等に対する作用も異なる。したがって、遺伝子組換え実験の安全性の確認についても、それぞれ別個独立に検証しなければならないものであって、同じアブラナ科の植物だから、どちらでもたいした違いはないと評価することはできないからである(現に、これらの特許でも、作用が異なれば別々に保護されており、別々の評価を受けている)。

(2)、ディフェンシン耐性菌の出現とその影響という重大な問題について記載を怠った点
 原審裁判所は、ディフェンシン耐性菌の出現とその影響に関する申立人の主張は「杞憂」にすぎないと評価したので、承認申請書にこれを記載しなくても「何ら違法とはいえない」とした(4頁)。確かに首尾一貫している。しかし、前述した通り、この大前提が全くの間違いである以上、この手続違反の問題も依然重要な問題として問われなければならない。

9、判断基準としての「予防原則」の必要性
(1)、申立人は、伝統的な事故の枠内に収まり切れない予見不可能性と回復不可能性を本質とするGM事故の特質にかんがみ、本GMイネの野外実験の危険性を適切に判断するためにはその判断基準として、既にGM食品の安全性や生物多様性の保全に関する原則として確立している予防原則を採用すべきであると、すなわち「新しい酒は新しい革袋に盛られなければならない」と一審以来首尾一貫して主張してきた。
(2)、しかるに、原審決定は、これに対する判断を一切明らかにすることなく、なおかつ結果的に予防原則の適用を真っ向から否定する態度に出た。なぜなら、損害の予見が不可能なのがGM事故の特質であるにもかかわらず、「本件野外実験によって、‥‥抗告人山田らの農地等にディフェンシン耐性菌が流入するなどして多大の損害を与えるおそれがあるとの疎明はなく」「消費者の抗告人平出らに明確かつ具体的な損害が発生する蓋然性が高いとの疎明も全くない」(4頁6)と判断したからである。
(3)、しかし、この態度は、本件で予見不可能性と回復不可能性を本質とするGM事故の危険性という未知の深刻な問題が鋭く問われているにもかかわらず、これに対する適切な判断基準はどうあるべきかについて何一つ吟味することもなく、ただ単に旧態依然たる伝統的な事故の判断基準で足れりとしたものであり、その結果、これは、上記(1)及び以下に示す通り、GM事故における生存権と学問研究の自由との人権相互の衝突の調整の判断基準を誤った憲法違反と言わざるを得ない。
ア、「疑わしきは罰する」を旨とする予防原則登場の必要性
「疑い」に関するこれまでの伝統的な法律原則は「疑わしきは罰せず」であった。では、近時、GM食品の安全性や生物多様性の保全に関する原則として、これと真正面から対立するような「疑わしきは罰する」を旨とする予防原則がなぜ登場するに至ったのか。
それは、近時、伝統的な事故の枠組みには収まり切れない「新しい事故」が出現するに至ったからである。なぜなら、この「新しい事故」は伝統的な事故にはなかった次の4つの新しさを持つ。
@ リスクの不確実性。
A 不可逆性。
B 晩発生(たとえば、病原体を体内に取り込んでから実際の被害が発生するまでに時間がかかること)。
C 越境性(リスク源が国境を超えて移動すること)(甲108。99頁)
そこで、この新しさを持つ深刻な事態に適応した適切な対処方法はどうあるべきかが問われた。その吟味の末に見出されたものがほかならぬこの予防原則であった。
 そして、この4つの新しさをはらんだ事故の典型のひとつがGM事故である(準備書面(11)16頁。甲108。99頁)。
この予防原則は、国際関係では既に数多くの条約、協定に適用されており(甲108。100頁)、本件にも関係する物多様性条約(1993年)、カルタヘナ議定書(2000年)にもそれが含まれている。
イ、予防原則の内容
では、それはどんな内容を持つものか。新しく登場する原則の常として、その内容は未だ生成途上にある。しかし、少なくとも、その最も重要な内容として、「立証責任の転換=安全性の立証責任は開発する側にある」が挙げられ(甲108。101頁)、それは既に、スウェーデンや英国では、明記されている(甲44「予防原則」242頁)。
(4)、小括
本件もまた、本野外実験の安全性の立証責任は実験を実施する相手方にあるというべきであり、そうだとすれば、これまでの本裁判の審理内容からして、相手方が「本野外実験の安全性を疎明した」とは到底言えないことが明々白々である。

10、抗告の趣旨変更の可否について
(1)、原審において、申立人が8月25日に抗告理由を明らかにしたにもかかわらず、これに対し、相手方が、ズルズルと1ヶ月以上何の反論も提出せず、裁判所もまた、申立人の再三再四の審理促進の上申にもかかわらず、相手方の故意としか言いようのない訴訟遅延行為を極めて寛大な態度で容認したため、その結果、原審裁判所の判断が熟さないうちに、10月3日、本GMイネの刈り取りが実行されてしまった。そこで、申立人は、本GMイネの刈り取りの事態を想定して、その約2週間前から、本裁判の最大の論点であるディフェンシン耐性菌出現の危険性に対処するために仮処分申立を変更する旨裁判所に予告し、その後に抗告の趣旨変更の申立を行なった。しかるに、原審裁判所は、以下に明らかにするように訴訟手続上何一つ問題がない申立人の抗告の趣旨変更の申立を、残忍酷薄としか言いようのない非寛容な態度で対応し、これを認めなかった。しかし、これは訴訟手続上も明らかに間違っている。なぜなら、本仮処分裁判において、訴えの変更の規定が準用される以上、もともと、
@. 請求の基礎に変更がないこと(審判の基礎をなす事実資料が新・旧両訴の間で或る程度同一性を持つこと)
A. 著しく訴訟手続を遅延させないこと
さえ満たされれば、抗告の趣旨変更が認められる(民訴法143条)。
 ところで、本件は、前記@につき、本趣旨の変更により、従来、申立人が主張・立証してきた事実資料が無用になることは1つもなく、また新たに申立人が主張・立証しなければならないようなものも1つもない。すなわち、従前の主張・立証に何一つ減らしも足しもせず、そっくりそのままで新しい趣旨の判断ができる。
なぜなら、変更後の趣旨の(3)である「来年度の実験の中止」については、もともと相手方は、本野外実験の承認申請時に、本年度のみならず来年度の実験をセットで申請しており、その実験内容が同一であることは相手方自身の申請書(甲21の1頁)、栽培実験計画書(甲8)で明らかだからである。また、変更後の趣旨の(1)と(2)である「ディフェンシン耐性菌の殺菌行為」についても、従来、申立人が強力に主張してきたディフェンシン耐性菌の出現の可能性さえ肯定されれば、こうした防止策を取る必要性は直ちに明々白々だからである。現に、一審でも、文字通り「審理が大詰めに近づいた」8月3日、申立の趣旨を、本GMイネの「作付け禁止」から「刈り取りせよ」に変更したが、問題なく、認められた。
 それゆえ、前記Aについても、本趣旨の変更により訴訟遅延の問題は何一つ生じない。もし本裁判において訴訟遅延が生じたとしたら、それはひとえに、一審において、答弁書提出後1ヶ月以上も主要争点について書面を一切提出しなかった相手方が、原審においても、8月25日提出の申立人の抗告理由に対して、1ヶ月以上反論を提出しなかったという、国民の税金を使い、公共的プロジェクトを遂行する立場上国民に徹底した情報公開と説明責任を負う筈の相手方の、その責任を放棄した徹底した手続的不正義さにある。
(2)、さらに、原審決定は、「抗告人らは、本件原審の審理が大詰めに近づいた平成17年10月4日に至って、突然に抗告の趣旨を変更すると主張した」と認定するが、これは明らかにおかしい。
なぜなら、第1に、申立人は、9月22日に早々と、「進行に関する上申書」の中で、次の通り、趣旨変更の予告を明確にしており、原審決定が認定するような「突然に」では全くないからである。
《申立人は、当初、「GMイネを刈り取れ」という申立ての趣旨との関係で、本GMイネの刈り取りの有無を問題視してきましたが、今般、ディフェンシン耐性菌の専門家との協議の結果、ディフェンシン耐性菌に関する防止策の必要は、本GMイネの刈り取りの有無とは基本的に関係がないことが判明しましたので、本GMイネの刈り取りの有無に関わらず、原審の審理を進めていただき、できるだけ早期の判断をお願いしたいと考えます。
もっとも、申立人も、近日中に、「ディフェンシン耐性菌に関する防止策」に相応しい申立ての趣旨の変更を提出する予定です。》(3頁)
第2に、9月26日、相手方からようやく原審における反論が出されたのを受けて、申立人は、9月30日付で「進行に関する上申書」の中で、
《相手方の今回の反論の見事な特徴は、申立人がくり返し明らかにした次の核心部分に対して、一切、黙して語らずという態度を徹底させた‥‥やはり、これら本件問題の核心部分については、逃げないで、申立人の主張に対する相手方自身の見解をきちんと表明してもらいたいと思います。》(2頁)
とあくまでも相手方の積極的な反論の提出を求め、なおかつ、
《来週早々提出の申立人の反論により、本件の問題点の核心が貴裁判所にもかなり明らかになると思いますが、同時に(この種の専門的事件の常ですが)前提問題や専門知識に関する疑問点、不明点もまた初めて明らかになると思われます。その意味で、争点整理のみならず前提問題・専門知識に関する疑問点、不明点の解明のために、是非とも、技術説明会の早期開催を要望いたします。この点、相手方も異議がない旨を表明しており(準備書面(5)10頁)、我々としては、必要な専門家にも同席してもらい、前提問題・専門知識に関する疑問点を徹底的に解明しておきたいと願っております。》(1〜2頁)
と審理がようやく正念場を迎え、これから争点を煮詰めるための徹底した議論を交わす矢先ではあったのであり、原審が認定するような「審理が大詰めに近づいた」わけでは全くないからである。
(3)、小括
以上、牽強付会と言うほかない事実認定により趣旨変更を認めなかった原審裁判所は、手続的不正義さの限りを尽くした相手方の後追いをしているものと評されても仕方なく、その結果、申立人らの裁判を受ける権利(憲法32条)は著しく侵害された。

11、終わりに――未だ生まれざる者たちに対する義務の履行――
申立人らは、本書面の冒頭で、《本件では、「人間の歴史上前例のない技術上の力業」である遺伝子組換え技術という人為的な操作により、‥‥人間社会の根幹をなす最重要な生存権と学問研究の自由という人権相互の最も深刻な衝突の調整が問われて》いると書いた(4頁)。
しかし、GM事故の特質のひとつである「晩発生」 に思いを致したとき、本件の最大の被害者は実は申立人たちではないだろうと思わざるを得ない。本件の最大の被害者は、恐らく私たちの子供、孫たち、そして未だ生まれざる私たちの子孫たちにちがいない。しかし、GM事故のもうひとつの特質である「回復不可能性」に思いを致したとき、彼らが救済を求めて申立人になろうというときにはもう遅いのである。その意味で、申立人らは、私たちの子供たち、未だ生まれざる私たちの子孫たちに代わって代表してこの裁判を行なっているということができる。それゆえ、これは単なる私権と国家的プロジェクトと称する本野外実験の間の問題ではない。その本質は、私たちの子供たち、未だ生まれざる私たちの子孫たちの人権と国家的プロジェクトの間の問題にほかならない。その意味で、我が国初のGM作物をめぐる本裁判こそ21世紀の倫理が最も鋭く問われる最もパブリックな裁判である。
以 上

別紙の概要

別紙1図面:Trudy McKeeほか「マッキー生化学(第3版)」100頁
同2図面:同書41頁
同3図面:Bruce Albertsほか「細胞の分子生物学(第4版)」1120頁
同4:山形大学理学部物質生命化学科教授 西田雄三作成(甲94、116の作成者)
同5:前筑波大学農学部教授 生井兵治作成(甲95の作成者)
同6:東京大学海洋研究所教授 木暮一啓作成(甲99の作成者)
同7:産業技術総合研究所 生物機能工学研究部門主任研究員 金川貴博作成(甲19、80、91の作成者)
同8:産業技術総合研究所 生物機能工学研究部門 研究員 陶山哲志作成(甲87の作成者)



posted by GMNG at 20:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 裁 判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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