2005年07月20日

債権者準備書面 (2)

平成17年(ヨ)第9号 遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分事件     
原  告  山 田   稔 ほか11名
被  告  (独) 農業・生物系特定産業技術研究機構

債権者準備書面 (2)

2005年7月11日


 新潟地方裁判所高田支部 民事部 御中

債権者ら訴訟代理人 弁護士  神山 美智子

同       弁護士  柏木 利博 

同       弁護士  光前 幸一 

同       弁護士  近藤 卓史 

同       弁護士  馬場 秀幸 

同       弁護士  柳原 敏夫 


目 次

第1、はじめに――現在の審理の状況の確認――    2頁
第2、事実関係の主張                    4頁
第3、法律関係の主張                    28頁
第4、求釈明                         33頁
第5、結論                           34頁


第1、はじめに――現在の審理の状況の確認――
1、 本日までの審理状況――債務者の答弁書の態度と債権者求釈明書(1)への対応ぶり――
 本裁判は、あくまでも本野外実験の安全性の解明を目指すものであって、債務者の人格を問題をするものではないが、ただし、本野外実験の運営主体がほかならぬ債務者である以上、債権者もまた、本裁判に現れた債務者の安全性に対する態度、問題点を指摘する市民への対応振りというものを、その限りで問題とせざるを得ない。
総論における「適切な情報開示・提供」という美しいコトバと、各論の具体的な場面における打って変わった残忍酷薄な態度――債務者のこの二面性が、本裁判の具体的な審理の場で如実に現れている。
なぜなら、債権者が、7月4日付の求釈明書(1)で、本野外実験の安全性の解明する上で最低どうしても必要なささやか債務者の手持ち資料の開示を求めたにもかかわらず、「適切な情報開示・提供」の責務を表明した債務者は、今までのところ、だんまりを決め込んだまま、何の反応もしないからである。
2、 それが意味するもの――GM栽培実験における説明責任――
債務者自身が表明する通り、
《GM作物及びこれらを利用した食品について、国民の皆様のご理解が十分に得られているとは言い難い面もあり、例え研究段階の実験であっても、農林水産省の栽培実験指針では、より積極的で透明性をもった情報提供に努めることがうたわれています。》(疎甲15)
すなわち、もともと、債務者は、GM栽培実験において、「より積極的で透明性をもった情報提供に努める」責務=説明責任を負う。
そのことは、債務者自身、答弁書において、何度も、本野外実験は国家的なプロジェクト=全国民の利害に深く関わる公益的なプロジェクトであると自負する以上、債務者が、その公益的な事業内容を、積極的に国民の一人である債権者らに開示することを躊躇する理由は何一つない。ましてや、債権者らは、本実験の危険性・問題点という具体的、個別的なことだけを問題にしているのだから。
にもかかわらず、驚くべきことに、債務者は、これまでのところ、本実験の全体にわたってその内容を具体的に詳細に説明した書面を何一つ提出するそぶりすら見せない。
これだけでも優に、債務者は、本野外実験の安全性に関する説明責任を故意に怠ったものとして、その違反の責任が追及されてもおかしくない。
3、 今回の債権者主張・立証のめざすもの
 今回の書証は、債権者が持てる力を最大限発揮して、自らの努力で入手した資料のすべてである。そして、これらの資料から明るみにされた本野外実験がはらんでいる危険性・問題点を集大成して提出する。これにより、債権者は、本野外実験の危険性・問題点は少なくとも「事実上推定」されたと確信する。

第2、事実関係の主張
申立後、本野外実験の危険性・問題点の吟味を重ねる中で、債権者は、問題点を次の2つ、
@「本野外実験の危険性」
A「本野外実験の必要性・有用性」
に分類整理して、以下、主張する(参考までに、申立書、債権者準備書面(1)、及び答弁書の争点を整理し、これらと今回の主張との関係が一目で分かる争点対比一覧表を作成したので、書証として提出する。疎甲25)。

1、 本野外実験の危険性について
(1)、債務者の交雑防止措置について(債権者準備書面(1)2頁)
この点につき、債務者は次のように主張する。
《このようなことが絶対生じることのないようあらゆる可能性を検討した上で万全の注意を払って本実験を遂行しており》(答弁書9頁。以下、単に頁のみ表示)
では、債務者の実際の交雑防止措置は果してどうだったのか。
ア、農水省の「第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針」の根拠薄弱性
まず、債務者の交雑防止措置の根拠にしている農水省の基準に問題はなかったか。
この点、上記栽培実験指針検討会が、花粉の飛散による交雑を防止するに必要な距離を出す根拠にしたのは、わずか5つの検出例である(疎甲26)。その上、5つの検出例のうち、最大の交雑距離を検出したとされる事例で調査したイネの株数は2株のみである(疎甲27。40頁第9表の調査株数)。これは、専門家の「現時点では安全性や環境への影響に関する基礎研究が乏しすぎる」(植物育種学専攻の生井兵治氏。本年6月16日新潟日報。疎甲28)の指摘を待つまでもないくらい不確かな科学的検証である。この程度のことだから、この指針が作られた翌年(本年)4月12日には、新しい交雑距離の検出結果が出たという理由で、さっそく、当初の20mが30%もアップされて一挙に26mに延長されてしまった(疎甲29)。農水省の上記指針自体が十分な科学的検証に耐えうるものではなく、これでは、周辺の農民や一般の市民常識からは疑問と不安を抱かざるをえない。
イ、 研究者の論文との矛盾
 まず、債務者の北陸研究センターの職員であり、本野外実験の中心スタッフの一人矢頭治氏(疎甲22。表紙の議事4、2)参照)らが執筆した論文「北陸地域での水稲の自然交雑の要因としての水稲品種の開花時期と風向・風速」(疎甲13)に、次のように述べられている。
《これから推定すると交雑能力のある花粉の最大の飛散距離は180mから900mとなる。》(18頁左13行目)
次に、前述の生井兵治氏(元筑波大学大学院教授)も、風媒による花粉の飛散距離について、一般論として、
《重力、風、上昇気流という流体力学的な3要素によって定まる》とし、《基本的には空中花粉が受精力を保持した花粉流動距離の限界は、日中に風速5m/秒の風が3〜6時間吹いたとして50〜100kmである。上昇気流に乗った場合には、空中花粉は速やかに8〜12km上空にまで達し25〜50m/秒の風に乗り数時間の間に花粉流動は数百kmにも及ぶことになる》(植物集団間の自然交雑と隔離に関する受粉生物学的考察 (6)652〜653頁。疎甲30)
 それゆえ、これまで実際に検出された花粉の飛散距離についても、例えば、セイヨウナタネについて最長到達距離として報告された事例の中に、30mのものから26kmのものまで大きな幅が出る(同上。655頁の表8の中ごろ)。
そして彼らが一様に指摘することは、
《イネにおいて風力と花粉飛散距離の関係はこれまでに報告が少ない》(債務者職員の矢頭氏。疎甲13。17頁右下から3行目)
《風媒受粉に関する詳細な研究例が少ない》(生井兵治氏。同上。657頁左下から18行)
ことであり、この厳然たる事実と、前述した一般論として風力と花粉飛散距離との関係は極めて可塑性に富み、柔軟に変動し得るものである事実とを合わせ考えれば、
《国が遺伝子組み替え植物の栽培実験基準の策定にあたって、このような小規模試験の結果を普遍的な基礎情報としないように願っていた。‥‥イネは20mとなっているが、これで混交が完全に防げるとは思えない》(生井兵治氏。同上。657頁右20行目以下)
という結論がおのずと導き出される筈である。
ウ、 本野外実験の隔離圃場の問題点
本野外実験が実施される隔離圃場(以下、本件圃場という)におけるイネの開花期の風速は、《1999年から2002年の各年の平均値は2.4〜3.7s/mであり、北風が顕著な卓越風であった(第2図A)》(債務者職員の矢頭氏。疎甲13。16頁右下から12行目以下。19頁の図A)
従って、イネの開花期に「北風が顕著な卓越風であ」る本件圃場に対して、前述の考察を加えれば、26mの隔離距離では、債務者が言うように、交雑を「絶対生じることのない」措置では到底あり得ない。
さらに、債務者は、債権者が求釈明書(1)で求めた「気象変動(大風、台風、大雨、洪水)に対する対策」を具体的に明らかにできず、このままでは、もしそうした気象変動が発生した場合には、一般農家水田のイネとの交雑の危険性は一挙に現実化する。
エ、安全率の考え方
では、本件はどのように考えたらいいだろうか。この点、ひとつの貴重な示唆を与えるのが安全率という考え方である。
通常、薬物や毒物、農薬類の安全基準を考える場合、例えば50%致死量(LD50)、すなわちその量を多数の実験動物に与えた場合、50%の動物が死ぬ量をまず設定し、さらにその10倍の安全率をかける。つまり、10ppmが危ないとされる量ならば、1ppmをとるという考え方である。本件にこれに適用すると、仮にイネの最大飛散距離を26mとして、その現象を完全に防ぐためには、その10倍、つまり260m以上離すことが安全率を考慮した通常の判断となる。
これによれば、最も近接した一般農家水田まで「約220m の距離にある」(疎甲8)本件は、安全とは言えず、本件圃場から28mしか離れていない北陸センター内水田の場合は論外というほかない。
オ、北陸センター内水田との交雑の危険性
以上から明らかな通り、北陸センター内水田では交雑の可能性が極めて高い。にもかかわらず、債務者は、本年度も、例年通り、北陸センター内水田で取れた米を上越市の農協等に出荷する予定であると表明している(疎甲17)。よって、交雑可能性が極めて高い米を、上越市の農協から購入している生協の組合員がこれを危惧するのは当然である。にもかかわらず、これに対し、債務者は、単に「モニタリングでチェックします」と答えるのみで、それ以上、具体的な安全策を取ろうとしない。《同センターの周辺に配したモニタリング用稲が自然交配しなくとも、一般圃場での栽培が問題なしとはならない》(生井兵治氏。本年6月16日新潟日報。疎甲28)との指摘を待つまでもなく、ここに本野外実験の危険性に対する債務者の麻痺した感覚が如実に現れている。
カ、周辺農家のイネ開花時期予測
 債務者の予測は、実際に、周辺農家と連絡を取り合って、田植え時期を調整・確認したものではなく、単に、通常の田植え時期を述べているだけであり、現実の周辺農家のイネ開花時期がこの通りになるという保証もどこにもなく、これでは交雑を防ぐことはできない。
キ、開花前に遮蔽した袋を被せる点について
 これで果して、交雑を完全に防止できるのか、それを検証するためには、具体的にどのように袋がけをする予定なのか、その内容を早急に明らかにしてもらうしかない。
ク、債権者と本件圃場までの距離について
本件圃場と債権者所有農場のうち最も近接した水田との距離について、債務者は《3.2km以上離れている。》(10頁C)と主張するが、これは明らかな誤りである。なぜなら、債権者山田稔の水田は、本件圃場から約2.7kmの位置にあるからである(疎甲31)。
ケ、小括
 以上から明らかな通り、本野外実験における交雑の恐れは、「このようなことが絶対生じることのないようあらゆる可能性を検討した上で万全の注意を払って本実験を遂行」しているものとは程遠いものであり、上述したもろもろの危険性・問題点を考慮すれば、本野外実験はひとまず中止するほかない。

(2)、ディフェンシンの作用機構(人体への影響など)の未解明の点について
申立書において、《ディフェンシン‥‥が果してヒトの細胞に害が及ばないかどうかなど、その作用機構が解明されていない。》(17頁)と本GMイネ開発の根本問題を提起したが、答弁書においてあれほど饒舌な債務者は、これに関して黙したまま一切語らない。
しかし、債務者は既に、この問題の重要性を自白している。債務者の北陸研究センターの職員であり、本野外実験の中心スタッフである川田元滋氏(疎甲17の映像で市民の質疑に応答している右側の人物)らの論文「「抗菌蛋白質ディフェンシンの多様な機能特性」(「化学と生物」2005年4月号。疎甲23)で、明確に次のように述べているからである。
《植物型ディフェンシンの作用機作の解析例は限定的であり、不明の点が多い》(231頁右下から9行目)
《植物由来のディフェンシンは発見から日が浅く、まだまだ未知の領域が多い》(233頁右本文下から7行目)
従って、このような「不明の点が多く」「まだまだ未知の領域が多い」状態のとき、研究者であれば、通常、次のように考える。
《ディフェンシンについての知見の蓄積を待ち、ディフェンシンの影響を合理的に推察できる程度の実験事実が集まった後に、再度の検討してから野外実験の是非を考えるべきである。》(複合微生物専攻の金川貴博氏の陳述書4頁下から4行目以下。疎甲19)
 よって、本件もまた、本野外実験はひとまず中止し、実験室内で、「不明の点が多い」ディフェンシンの作用機構について知見を蓄積する研究に励むべきである。

(3)、「ディフェンシンが食用部分には絶対に移行しない」ことを実証する実験を実験室内で検証しておく必要性について(19頁)
この点につき、債務者は次のように反論する。
《ディフェンシン蛋白質が胚乳部分(白米として食用にする部分)には残存していないことを債務者は実験的に確認しているし、実験室内で所要なデータはすでに収集済みである。》(16頁)
しかし、これは全く反論になっていない。なぜなら、
第一に、ディフェンシン蛋白質の発現について、今、胚乳部分は脇に置いといて、問題は、「食用部分」である玄米の外側の緑の部分(果皮)及び胚芽部分(疎甲32)にディフェンシン蛋白質が発現しないことを実証するデータは依然ないからであり、
第二に、ディフェンシン蛋白質の移行について、仮に百歩譲って、「ディフェンシン蛋白質は食用部分に発現しない」としても、ディフェンシンは細胞質たんぱく質ではなく、分泌型たんぱく質である以上、ディフェンシンが細胞外に出て食用部分に移ってしまう可能性は否定できないが、しかし、こうした移行が起きないことを実証するデータも同様にないからである。
 よって、ひとまず、本野外実験は中止し、実験室内で、その作用機構が「不明の点が多く」「まだまだ未知の領域が多い」ディフェンシン蛋白質について、玄米の外側の皮や胚芽部分も含めた食用部分への発現および移行について、知見を蓄積する研究に励むべきである。

(4)、ディフェンシンに対する耐性菌の出現の問題(18頁)
ア、申立書における
《既にディフェンシンが効かない病原菌が存在するが、本GMイネの誕生によって、さらに耐性の強い病原菌が誕生することが予測される。》
という根本的な問題提起に対し、債務者は、次のようにキッパリと反論する。
《ディフェンシン蛋白質のような抗菌性タンパク質の場合‥‥耐性菌の出現の余地は科学的になく、また実際耐性菌の出現についての報告もない》(12頁)
 しかし、これは完全な虚偽である。なぜなら、債務者の職員で本野外実験の中心スタッフら自らが、耐性菌の出現について、次のようにキッパリと認めているからである。
《病原菌とディフェンシンの関係において、‥‥植物型ディフェンシンに対する病原菌の抵抗性変異株の解析により、幅広く生物種の細胞膜に存在しスフィンゴ脂質とは別タイプの脂質であるステロールの一種(ステリルグルコシド)の高発現によりディフェンシンに対する抵抗性を獲得する例が示されている》(「化学と生物」2005年4月号232頁左20行目以下。疎甲23)
イ、そして、ディフェンシンに対する耐性菌の出現とは、専門家に言わせれば、
《ディフェンシン耐性を獲得した菌が病原菌ではなくても、この菌が人類にとって致命的な影響を与えるおそれがある。そもそも、人類の皮膚には多数の細菌が付着しており、また、腸内には100兆個以上の細菌が存在すると推定されているのであって、これらの細菌のいくつかは、ディフェンシンによって活動を抑えられているがゆえに、皮膚の表面や腸管上での繁殖が抑えられて、これまでのところ病原菌になりえないのかもしれない。ところが、ディフェンシン耐性を獲得することで繁殖が可能になり、今までは病原性を示さなかった菌が、病原菌に変身する可能性は十分に考えられる。そうなると、人類が未経験の病原菌が出現することになるわけで、抗原抗体反応による防御もすぐには働き得ず、大きな被害を出す可能性がある。》(複合微生物解析専攻の金川貴博氏の陳述書2頁12行目以下。疎甲19)
 さらに、《特に植物の場合は、抗原抗体反応による防御機構を持っておらず、ディフェンシン耐性菌は大きな脅威となりうる。》(同上。下から9行目以下)ことが指摘されている。
ウ、こうした耐性菌出現の問題の重大性に対し、債務者は、次のように反論する。
《万が一ディフェンシン耐性の菌が出現したとしても、現行農業に対する耐性菌ではないため、現行農薬で十分対処できる》(12頁)
 しかし、専門家に言わせれば、これでは全く話にならない。なぜなら、それは、まずイネのことしか考えておらず(しかも、イネにしても、農薬減少という債務者が強調してやまなかった本GMイネ開発の最大の目的〔答弁書4頁〕は、ここではいともあっさり撤回されている)、イで前述した通り、人類および植物に対する脅威について何も考えていないからである。
エ、抗生物質の耐性菌との対比
 本野外実験は人類・植物に対する重大な脅威となり得るディフェンシン耐性菌の出現の問題を抱えているのみならず、抗生物質と異なり、《抗生物質の場合は、耐性菌ができたにしても、抗生物質を飲んでいない人には関係ないが、ディフェンシン耐性菌は、健康な人も攻撃することになり、人類の滅亡につながりかねない》問題点を抱えているにも関わらず、この点、債務者は《耐性菌出現を恐れて何もしないというのであれば、例えば抗生物質の発明も行なうべきでないということになる。》(12頁)と語って憚らず、これに対しては、専門家から、《ディフェンシン耐性菌の影響を、抗生物質の耐性菌と同等にしか考えておらず、その影響の重大性に考えが至っていない。》(疎甲19。3頁末行以下)と憂慮の声があがっている。
エ、小括
 以上の通り、ディフェンシンに対する耐性菌の出現は極めて重要な問題であり、そして、既にその出現を自ら確認しているにもかかわらず、その後、裁判という公の場においてこの極めて重要な事実を堂々と否定して憚らない債務者を目の当たりにするとき、こうした債務者により実施されている本野外実験の安全性には極めて問題があると思わざるを得ず、よって、本野外実験は即刻中止し、実験室内において、この耐性菌の問題について、知見を蓄積する研究に励むべきである。

(5).土壌微生物への影響の問題
ア、この間の本野外実験の危険性の吟味から、新たに次の問題点が浮かび上がってきた。それは、本野外実験による土壌微生物への影響の問題である。
 この点、土壌微生物解析も専攻する金川貴博氏は、次のように述べる。
《土壌中に存在する微生物は害作用のあるものばかりではない。むしろ、人類の生存に必要不可欠なものである。微生物による分解作用が止まれば、物が腐らなくなり、地球上は動植物の遺骸で埋め尽くされることになる。‥‥ディフェンシンは、多種類の微生物に対して抗菌効果を有する物質である。従って、本GMイネが産出するカラシナ由来のディフェンシンも、いもち病菌だけでなく、様々な土壌微生物に対して抗菌効果を発揮することが予想される。》(陳述書5頁4行目以下。疎甲19)
 具体的には、
《葉緑組織である茎と土壌が接する部分において、微生物数の減少が予想される。また、イネは湛水して栽培される植物であり、ディフェンシンが細胞外へと分泌される物質であることを考えると、水中に浸かっている茎からのディフェンシンや、雨などで葉や茎から落ちたディフェンシンが、水中へ移行して広い範囲にいる微生物に影響を及ぼすことが予想される。》(同上。5頁19行目以下)
そして、本GMイネと従来の殺菌剤とのちがいは、
《これまでの農業では、殺菌を行う場合には、特定の時期にだけ殺菌剤を撒くという方法で行われるが、これに対し、本GMイネにおいては、常時、抗菌性たんぱく質を作り続け、これを水中へ撒き散らすことになる。》(同上。5頁25行目以下)
それゆえ、
《土壌微生物への影響は、今まで以上に大きいと予想され、それゆえ、詳細な検討が必要である。》(同上。5頁下から3行目)
イ、 では、この問題について、債務者はどういう態度を取っているか。
債務者の第一種使用規程承認申請書(疎甲21)によると、
《土壌微生物数の測定では実質的に有意な変化は10倍単位で計測されることから、組換えイネの栽培による土壌微生物相への影響は非組換えイネ(どんとこい)の栽培と同程度であると判断された》(14頁)
しかし、第一に、本GMイネにおいては、土壌微生物への影響があらかじめ予想されるのであるから、もっと、慎重な実験を重ねて判断を行う必要がある。
第二に、土壌微生物計測の手段が記載されておらず、希釈した土壌懸濁液を寒天培地上に塗布して出現したコロニーを数えたように推定される。しかし、これでは不十分であって、最近の分子生物学的な新しい方法も駆使し、できる限りのデータを集めて検討を行うべきである(同趣旨。疎甲19。6頁5行目以下)。
 また、本野外実験では、イネを土壌にすきこむことになっている(疎甲8)が、この場合の土壌微生物への影響について、債務者は何ら予備実験を行なっていない。この点についても、野外実験に先立って、実験室内で確認すべき事項である。
ウ、小括
 以上の通り、土壌微生物への影響について、債務者の室内実験でのデータが不十分であり、よって、本野外実験はひとまず中止し、実験室内において、土壌微生物への影響の問題について、知見を蓄積する研究に励むべきである。

(6)、ディフェンシン遺伝子が真実、自然食物から取られたままの手を加えていないものかどうかという疑問(16頁)
申立書において、債権者は次のように主張した。
《もともと自然界のディフェンシンは、病原菌によって修飾をうけ無力化することが多い。そのため、そのような事態を避けるために、通常は自然食品から抽出した同遺伝子の一部に人為的に手を加えている‥‥本実験でも、モディファイされたディフェンシン遺伝子を使用している可能性が大であるが、もしそうならば、このモディファイド・ディフェンシン遺伝子の安全性はまだ確認されておらず、そのような安全未確認のものを使用することは大問題である。》
これに対し、債務者は、次のように反論する。
《本実験は、自然界のディフェンシンを用い、モディファイされたディフェンシン遺伝子は使わない。》(12頁)
しかし、これは極めて疑わしい。なぜなら、
@ 2001年10月3日付記者発表資料に、債務者は、「6、研究成果の概要」として次の通り発表し、
《2)キャベツとコマツナ由来の各々のディフェンシン遺伝子の一部分を改変した遺伝子を導入したイネ組換え体に、同様の病害抵杭性検定を行ったところ、組換え体はより一層強力な複合病害抵抗性を示しました。》(疎甲20)
A.2003年12月22日付プレスリリース《我が国独自の技術で安心な組換えイネを開発》でも、債務者は、次の通り発表し、
《カラシナ由来のディフェンシン遺伝子が複合病害抵抗性付与に最も効果の高いことを確認し、本研究に用いています(特許出願公開中:特開2003−88379)》(疎甲7【独自に開発した新技術】3))
この特許出願書類に、モディファイしたディフェンシン遺伝子を使用していることが書かれているからである(【発明の詳細な説明】【0051】疎甲33)。
B 現に、2005年6月号のセンターニュース5頁(疎甲15の3)に、
《‥‥北陸研究センターの隔離栽培実験が注目が集まる‥‥》
という見出しで、下の「特許回避戦略」という一覧表で、特許出願した一連の技術として「アブラナ科作物由来ディフェンシン遺伝子 特許出願中」を紹介するが、これも上記特許出願のことであり、ここからも同様の結論が導かれる。
Cさらに、本野外実験の中心スタッフ川田元滋氏らは、自ら執筆した「抗菌蛋白質ディフェンシンの多様な機能特性」(疎甲23)において、「ディフェンシンの可能性」のところで、天然のディフェンシンの長所を認めつつ、その「少ない原料抽出量と低い生産性が大きな問題とな」ることを指摘した上で、それを解決する道を、「遺伝子改変による機能増強」などに求め、これを基盤として、低コスト・大量生産システム開発との融合により、新規抗菌剤の開発を目指して研究している旨述べている(233頁)。
従って、以上に示された債務者の研究・開発のスタンスからして、本野外実験において、いまだ安全性が未確認のモディファイしたディフェンシン遺伝子が使用されていると思わざるを得ず、これは安全性の見地から大問題である。よって、この点からも、本野外実験はひとまず中止すべきである。

(7)、いもち病菌や白葉枯病菌の拡散の問題(15頁)
 この点、債務者次のように反論する。
《そもそも本実験においてはいもち病菌等の噴霧試験は行わず、病菌に罹患した苗をGMイネの苗に隣接して栽培する方法により、罹患可能性を検証する方法で行う》(11頁)
 しかし、これは明らかにおかしい。なぜなら、本年4月29日の債務者の説明会での配布資料(疎甲22)には、
「a.いもち病接種検定 感染源投入による葉いもちの進展」
「6月中・下旬 いもち病菌接種」
と書いてあり、これだと、隣接して栽培するものではなく、何らかの方法でいもち病菌を本GMイネに接触させるやり方だからである。
従って、債務者は、債権者に安全性の問題点を指摘されると、手のひらを返したように、債務者自身が従前表明していた事実と異なる事実を平気で言う。こうした不誠実な態度こそ、本野外実験の安全性を疑わせる根本的な問題である。

(8)、イネ花粉の花粉症への影響
この点、債務者は一切触れていない。しかし、債権者は、この間の調査の中で、債務者が本野外実験において、イネ花粉の花粉症への影響についても対策を講じなければならないことが判明した。
なぜなら、もともと、イネ花粉による花粉症の問題があることは周知の事実であるが(参天製薬のHP参照。疎甲34)、他方、本件のようなGM作物の第1種使用にあたっては、カルタヘナ法に基づき、次のことが定められているからである。
《(2) 第一種使用規程の承認の審査
‥‥‥‥‥‥
ニ 第一種使用規程の承認に当たって考慮すべき事項
主務大臣は第一種使用規程の承認に当たって、遺伝子組換え生物等の第一種使用等による人の健康に対する影響を考慮するとともに、‥‥》(平成15年 財務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省・環境省告示第1号第一、1、(2)、二。疎甲35)
 従って、本野外実験においても、債務者は、イネ花粉による花粉症について影響を考慮する必要があるにもかかわらず、その対策がひとつも講じられていない。
 債務者は、答弁書において、本野外実験は《カルタヘナ法に準拠している適法な行為》(6頁・18頁)であると強調するが、しかし、前述した通り、まだ未整備のカルタヘナ法すら完全に準拠していないのである。

2、「本野外実験の必要性・有用性」について
 その一方で、本野外実験は、以下に見るように、その必要性・有用性が認められず、またそれを実証するデータもない。
(1)、ディフェンシン遺伝子導入イネの有用性を証明した実験データの不存在
申立書の、《本野外実験で使われるディフェンシン遺伝子を導入した形質転換イネのイネいもち病および白葉枯病に対する単独および複合抵抗性を検証したデータの提示が十分でなく、本実験の有用性も明らかでない。》(15頁)
に対して、債務者は次のように反論する。
《遺伝子の存在と耐病性の発現が完全に一致するため,本件イネに付与された耐病性形質がディフェンシン遺伝子の効果であることは明らかである。》(16頁)
しかし、これだけでは、いもち病菌を制圧するに足りるディフェンシンの必要濃度がはたして本GMイネで実現されているのかどうか、本実験を通して、発現データ(ディフェンシンタンパク質の動態)が殆ど示されておらず、不十分と言うほかない。
従って、ディフェンシン遺伝子導入イネの有用性を証明するに足りるだけのデータが債務者から提示されない以上、本野外実験の有用性もまた認めることはできない。

(2)、いもち対策として従来の品種改良イネで十分(14頁)
 この点、債務者は次のように反論する。
 《@ いもち病と白葉枯病の両方に複合病害抵抗性をもつイネは従来の育種にはない。
A 本GMイネは一つの抗菌性タンパク質による全ての種類のいもち菌及びその他の細菌やかびによる病害へ抵抗性を付与することができる。
B 「コシヒカリBL」のようにブレンドの必要はない。》(5頁)
 しかし、次に述べる通り、これらはいずれも理由がない。
@:そもそもいもち病と白葉枯病とが並存して感染するケースは少なく、同時に耐性を持たせるメリットはリスクに比べて少ない。
A:債務者自身、「可食部では導入遺伝子は発現させない」(本年4月29日説明会配布資料。疎甲22)と表明しており、もしそうならば、 2、(7)で後述する通り(24頁)、可食部をターゲットにするいもち病には全く無力である。
B:いもち病耐性の品種はコシヒカリBLだけでなく多々あり(例として、コシヒカリ愛知SBL、コシヒカリ富山BL1〜6号、日本晴関東BL1〜6号、ササニシキBL1〜8号と枚挙に暇がない)、愛知県では、あいちのかおりSBLという、いもち病と白葉枯病の両方に耐性をもつ交配品種すら開発された(疎甲36)。

(3)、いもち病の被害の程度(14頁)
ア、債権者が申立書で主張した、《イネ収穫量全体のわずか1.8パーセント(2001年から2003年の3年間の平均)にすぎない》証拠は、農水省の統計資料に基づく(疎甲37)。
イ、債務者は、本野外実験は、いもち病対策として現在散布されている農薬を減らす意味がある旨主張する(4頁)。
 しかし、(2)で前述した通り、いもち対策として従来の品種改良イネで既に十分であり、わざわざ危険をおかしてまで本野外実験を行なう必要はない。
 また、債務者は、ここで、農薬減少の意義を強調するが、ディフェンシンの耐性菌出現の問題(1、(4))では、《万が一ディフェンシン耐性の菌が出現したとしても、現行農業に対する耐性菌ではないため、現行農薬で十分対処できる》(12頁)と躊躇なく回答し、果して、本気で農薬の減少と取り組んでいるとは信じられない。
 さらに、本GMイネによりいもち病の被害がどの程度回復することになるのか、或いは農薬がどの程度軽減されることになるのか、債務者はその具体的な数値を全く明らかにしていない。本野外実験の有用性を債務者が真に主張するのなら、速やかにこれらのデータを提出すべきである。

(4)、本野外実験の目玉にしている技術の拒絶査定
 本野外実験(その第1回目は、昨年2004年に実施)に先立つ2003年12月22日のプレスリリース《我が国独自の技術で安心な組換えイネを開発》において、債務者は、
《カラシナ由来のディフェンシン遺伝子が複合病害抵抗性付与に最も効果の高いことを確認し、本研究に用いています(特許出願公開中:特開2003−88379)》(疎甲7)
と、本GMイネの研究が特許出願中の我が国独自の技術によるものであることをアピールしている。
 さらに、債務者の最新のセンターニュース(疎甲15の3。5頁)でもくり返し強調している。
しかし、この出願は、昨年2004年7月7日に、特許庁より特許法第29条柱書(発明でない又は産業上の利用可能性がない。詳細は近日中に提出)等を理由に拒絶査定(審判官が最終的に特許を受けることができないとして発する判断)となった(疎甲38の1)。
 債務者は、これに不服として、もっか審判(いわば審査の上級審)で争っている(疎甲38の2)。もっとも、審判で拒絶査定が覆って特許が認められる割合は、近時、4分の1を割っており(疎甲39)、本出願の命運も風前の灯に近い。
 つまり、当初、本野外実験の目玉として大いにアピールした債務者の技術自体、特許の見通しも暗く、その意味でも、本野外実験の意味はますますない。

(5)、食品安全性の審査を受けていない実験手順の問題(16頁)
 この点、債務者は次のように反論する。
《(1) そもそも北陸研究センターが開発を企画している本実験の成果物は食に供されるものではなく、いわんや食品として流通することも一切ないので、食品安全審査を受けるべき前提を欠く。
 (2) すなわち、本実験は、法律上、本来的に食品安全審査を経ることが不要なのであり》(8頁)
 しかし、これは次の理由から、全く反論になっていない。
第1に、本野外実験の第一種使用規程承認申請書(疎甲21)において、債務者は、本GMイネの実用化に関し、次の通り、明言しているからである。
《本申請はこの組換えイネの実用化を目指しており、》(15頁3行目)
 すなわち、カルタヘナ法においては、その告示で、
《食品として国内で第一種使用等をすることが第一種使用規程の承認申請書で示されているものにあっては、食品、添加物等の規格基準‥‥の規定による安全性審査との整合性‥‥を考慮すること》(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律第三条の規定に基づく基本的事項(平成15年 財務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省・環境省告示第1号第一、1、(2)、二)。疎甲35)
と定められており、本GMイネを食品として実用化をすることを承認申請書で明らかにした債務者もまた、当然のことながら、「食品、添加物等の規格基準‥‥の規定による安全性審査との整合性‥‥を考慮」しなければならないからである。
 事実、本野外実験の栽培実験計画書(疎甲8)において、債務者は、
《早急に実用化を図る必要がある.
 高度複合病害抵抗性を持つイネ系統の実用化に向けて,組換えイネ系統の圃場条件下での実用的耐病性の評価を行なう》(1頁1(1)@とA)
と早急な実用化を強調して本実験を実施したのであり、そうだとすれば、食品安全性の審査も当然視野に入って然るべきである。
 第2に、そもそも、今まで、審査手順として食品安全性が野外実験のあとでもなぜ問題にならなかったのか(常識的に考えれば、申立書の《もし実験だけ先に進め、最後の段階で食品安全性の審査ではねられたら、その間の多額の研究費用と手間をかけた実験が水泡に帰す》が筋が通っている)というと、それは、これまで食品安全性の審査は海外のGM作物だけだったからであり(疎甲40)、国費の無駄使いの問題が起きなかったからである。しかし、国内開発のGM作物とあれば話は全く別であり、多額の国費を投じる本野外実験について、研究費の無駄使いをしないためにも、食品安全性の審査を先にすべきである。
 以上から、食品安全審査を経ていない本野外実験はひとまず中止すべきである。

(6)、もみいもちタイプのいもち病菌にとって天国の出現(17頁)
 債権者が申立書において、債務者は「食用部分にはディフェンシンは発現しないもしくは移行しないので安全である」と本GMイネの安全性を強調するであれば、それは本GMイネの葉や茎はいもち病菌の感染に抵抗性を示すだろうが、しかし、今度はディフェンシンが存在しないもみの部分はいわば無防備の状態にある、と指摘したことに対して、債務者は、
《そもそももみに好んでとりつくタイプのいもち病菌(もみいもち)というものは存在せず、イネの葉に感染するいもち病菌と,イネの穂に感染するいもち病菌は同じ菌である。》(16頁)
と反論する。
 しかし、これは単なる揚げ足取りであり、債権者が提起した問題の本質に何も答えていない。なぜなら、仮に債務者の言う通りだとしても、本GMイネは「可食部では導入遺伝子は発現させない」(疎甲22)ものであれば、いもち病菌の感染部位として可食部のもみがターゲットになるという問題は未解決だから。
 よって、《特定の遺伝子組み換え作物は、はからずも特定の病原体に新しい天国のような生存環境を作り出してしまう可能性があり、本件はまさにその典型例である》という債権者の指摘は依然有効であり、結論として、本野外実験により、「いもち病に強いイネの栽培」という実験目的は達成されない。

(7)、花粉の不稔化など予防対策の不在
債権者は、申立書で、本野外実験の目的が不明であることにつき、次のように指摘した。
《一般に、野外実験の最大の目的とは、近傍の植物との交雑可能性の検証であり、通常なら、花粉の不稔化(花粉に操作を加えて交雑”不能”にしておく)など予防対策を講じた上で、それでも起こりうる頻度を検証するものである。ところが、本GMイネ野外実験はこうした予防対策を何も講じていない(このままでは交雑するのは当然)。他方で、本実験のように植える時期を近隣のイネとずらしたりしては、肝心の検証すらできない。一体何を目指して本野外実験するのかその目的が不明である。》(15頁)
しかし、この重要な指摘に対して、債務者から一言もない。
ところで、こうした疑問は、ひとり債権者に限らず、ほかの専門家の間からもあがっている、例えば、次の通りである。
《センターは、栽培実験計画書(疎甲8号証。1の(1))において、野外での栽培実験の目的として、「A当該栽培実験は、高度複合病害抵抗性を持つイネ系統の実用化に向けて、組換えイネ系統の圃場条件下での実用的耐病性の評価を行なうために、隔離圃場内でいもち病抵抗性及び白葉枯病抵抗性の評価並びに栽培特性の評価を行ない、また試験研究用種子を採種することを目的とする。
B我が国の自然環境の下で生育した場合の特性を明らかにするため、隔離圃場において、隣接する区画に指標イネ品種を栽培し、土壌微生物、周辺生物相について組換えイネ系統栽培実験区との比較を行ない、当該系統の栽培による周辺の生物多様性への影響について科学的知見を蓄積する」
と述べているが、土壌微生物への影響については、前述のとおり、室内実験においても不十分な試験しか行っていないと推察され、同様の不十分な試験を野外で繰り返したところで、科学的知見の蓄積は得られない。また、栽培特性の評価や、周辺の生物多様性への影響評価についても、本GMイネ自体の食品としての安全性がまだ示されていない段階では、多くの制約のもとに行うことになり、有用な知見が得られるとは思えない。》(複合微生物解析専攻の金川貴博氏の陳述書6頁下から4行目以下。疎甲19)
よって、そこから自ずと、本野外実験について、次の結論が導かれることになろう。
《結局、中途半端な実験でしかなく、これでは、実用化の過程において、同様の実験をもう一度繰り返す必要が生じる。すでに述べてきたとおり、危険性が存在する実験を行うのであるから、あえてこれを行わなければならないとするだけの十分な理由が必要である。しかしながら、センターが示した実験計画では、野外での実験を行うに必要な予備的実験データの不足が明らかであり、野外での実験の意義が非常に薄い。このような実験をあえて行わなければならないとするだけの十分な理由が見当たらない。》(同上7頁15行目以下。疎甲19)

3、その他
(1)、「実験中止による債務者の回復不可能な損失」と「債権者の回復容易な損失」について
ア、債務者は、本野外実験の中止により、債務者は回復不可能な損失を被るが、本野外実験の強行によっても、債権者の被った損害は容易に回復可能だと主張する(17頁・14〜15頁)。
 しかし、それらは以下に述べる通り、すべて理由がないどころか、故意に事実を捻じ曲げたものとしか思えない。
イ、債務者の回復不可能な損失について
 第1に、本野外実験で田植したGMイネを、室内に移し変えれば、引き続き、本GMイネ系統の採種は問題なく可能である(金谷陳述書4〜5頁。疎甲18)。
 第2に、今年植えた本GMイネ系統の種は、当然のことまだ残っている筈で(もし保存していなかったら研究者として明らかに怠慢であり、それこそ国費の無駄使いである)、それを来年以降に使用すれば何の問題もない。
 結論として、《前記と同等のコストを負担し、最初から希少なイネ系統の作出をしなければならなくなる》(答弁書17頁)というのは、「小川のめだかを水槽に移すのが不可能か」と同程度の愚問にほかならない。
ウ、債権者の回復容易な損失について
 第1に、今月8日付日経新聞の記事《GMナタネが5府県13箇所で自生していることが判明》(疎甲41)が示す通り、知らない間にGMナタネが日本各地に自生しており、こうした事態をどうやって防止できなかったのか、ここに「損害の事後回復の可能性」について、百の説法より明白な、生きた症例がある。
 第2に、債権者の損害が回復困難なことは、具体的に金谷陳述書に述べてある通りである(疎甲18。5〜6頁)。

第3、法律関係の主張
1、「本野外実験の適法性」について
(1)、カルタヘナ法遵守の意味
 この点、債務者は、次のように主張する。
《本実験が(カルタヘナ法などの)関係法規をすべて遵守して行われており、法的根拠を有する》(6頁)
 しかし、制定後日の浅いカルタヘナ法には様々な不備が指摘され、従って、カルタヘナ法等の関係法規を遵守するとは何を意味するのか、この点を吟味しておく必要がある。
ア、カルタヘナ法の不備
(ア)、カルタヘナ法は、元々生物の多様性を保全することを目的として基本法「生物多様性条約」(1992年)及びその具体化のひとつである「カルタヘナ議定書」(2000年)に由来するものであり(阿部泰隆ほか「環境法」117〜118頁。疎甲42)、基本法である「生物多様性条約」は第2条で保全すべき「生物」を次のように定義する。

第2条 用語
 この条約の適用上、
「生物の多様性」とは、すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む。

 つまり、ここでは文字通り「すべての生物」の多様性の保全を目的としており、この基本法に忠実であれば、わが国のカルタヘナ法も同様とすべきところ、現実には様々な利害関係の対立から「すべての生物」から栽培植物や飼育動物を除外し、基本的に野生生物だけを対象とした(4条5項参照)。しかし、これは明らかに不備である。なぜなら、
@.現実の問題として、栽培植物が野生化しているものもあり、
A.その反対に、近年まで野生種だったものが栽培されるようになったものもあり、
要するに、もともと野生種と栽培種とを明確に区分すること自体が不可能なことだからである。
 従って、現に、EUの環境法がそうしているように、わが国のカルタヘナ法も早急に法改正して、イネなどの栽培植物や飼育動物も「生物」に含ませるべきである。
(イ)、それゆえ、カルタヘナ法もさしあたり栽培植物への影響も配慮していないわけではないが、前述した理由により、その保全のあり方が不十分であり、それは具体的に次の点にも現れている。
@ 第2、1、(1)で前述した通り(4頁以下)、花粉の飛散による交雑防止の隔離距離の算定根拠ひとつとっても極めて不備であること。
A 第2、1、(5)で前述した(13頁以下)土壌微生物への影響、これについて何の配慮もないこと。
イ、カルタヘナ法からみた本野外実験の不備――人の健康に対する影響――
 カルタヘナ法に基づき、告示は「人の健康に対する影響を考慮」しなければならない旨定めている(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律第三条の規定に基づく基本的事項(平成15年 財務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省・環境省告示第1号第一、1、(2)、二)疎甲35)。
 にもかかわらず、本野外実験では、この点についての対策がひとつも講じられていない。
ハ、結論
 以上の通り、わが国のカルタヘナ法は制定後日も浅いこともあり、生物の多様性の保全という目的から見て、まだ極めて不十分なものであり、よって、カルタヘナ法の意味は、もしカルタヘナ法を遵守しなければ、それだけで直ちに重大な違法行為であり、速やかに差止が認められるが、しかし、単にカルタヘナ法を遵守したからといって、本裁判で債権者が問題にしているGM栽培の安全性がすべて証明されたわけでは全くない。それゆえ、GM栽培の安全性を最終的に判断するためには、個々具体的に、交雑防止の危険性、土壌微生物への危険性、花粉症への影響などを吟味した上で初めて結論が導き出すしかない。

(2)、地元住民の同意または十分な理解の不存在
ア、債務者は、本野外実験に対する地元住民の同意について、次のように主張する。
《そもそもカルタヘナ法においては、実験を実施する近隣への説明まで求めるものではないが、債務者は、「国民の理解のもとで円滑な栽培実験が行われる」ことを求める農林水産省の定める栽培実験指針(乙4)に従い、自主的に情報提供と意見交換に努めてきた(乙5)》(7頁)
 しかし、これは、次に述べる通り、カルタヘナ法の不備に対する無理解に由来するものであり、また、現実上の同意の手続に対する認識も的外れとしか言いようがない。
イ、カルタヘナ法の不備
(ア)、1で前述した通り、様々な不備を抱える我が国のカルタヘナ法が「地元住民の同意」を要求しないのは、本法の目的が野生の動植物の多様性を保全することに限定し、栽培植物を除外したためである。
(イ)、もし「生物多様性条約」やEU環境法のように、本来の姿=「栽培植物も含めたすべての生物の多様性の」保全を目的とするなら、本件のようなケースでは、当然「地元住民の同意」が不可欠となる。
(ウ)、本件では、まさに本来のカルタヘナ法の理念に立脚したあり方が問われており、これが理に適っていることは、地元住民は言うに及ばず、地方自治体の長、さらには農水省(安全性が確認されたGM大豆でさえ、「周辺地域、住民の理解を十分に得ること」を要請した通達参照。疎甲43)すらも、当事者ならこのことの重要性を了解している。
ウ、にもかかわらず、実際上、債務者が行なった地元住民の同意またはそれとほぼ同等の「地元住民の十分な理解」に関する手続は全く不十分であり、そのことは、
(ア)、県知事・上越市長の表明(新聞記事。疎甲9の3)
(イ)、第2回田植えの映像(疎甲17。現場で、「地元の同意」をめぐって質疑応答)とその映像の解説版である金谷陳述書(疎甲18)から一目瞭然である。
エ、以上の手続的な不備という面からも、本野外実験を中止すべき理由は大きい。

2、その他の論点
(1)、被保全権利
ア、憲法との関係
 もともと「憲法で規定されている価値の中には私人を含めた社会全体の基本的価値たるべきものが規定されているので、その価値を否定するような私人間の行為は90条によって公序良俗違反となる可能性がある」(四宮和夫「民法総則」234頁)。これと同様の意味で、そのような価値を否定するような事実行為も民法の不法行為となる可能性がある。
イ、債権者の被保全権利は、元々民法910条が定める人格権であり、今回、その権利の実質を明らかにする上で、「社会全体の基本的価値たるべきもの」を定めた憲法13条、22条、29条が呼び出されたものにほかならない。
ウ、そもそも、一民間企業ではなく、「農水省所管の独立行政法人として」本実験を「国家プロジェクトとして遂行している」(4頁)と自負して憚らない債務者に憲法の私人間適用といった瑣末な議論は無用であろう。
エ、因果関係
 本差止で問題にすべき因果関係とは、本実験と権利侵害との因果関係である。我が国のカルタヘナ法制定の元になったカルタヘナ議定書第1条で明らかにされた基本原則、
「この議定書は、環境及び開発に関するリオ宣言の原則15に規定する予防的な取組方法に従」
うという予防的な取組方法という観点の重要性にかんがみ、或いは、GM事故固有の特質のひとつ=予見不可能性(申立書10頁)を考慮すれば、現実的事故の発生ではなく、危険性の発生をもって権利侵害ありと考えるべきである。
(2)、損害
ア、債務者は、債権者には《損害発生について具体的摘示がな》いと主張する(18頁)。
イ、しかし、もともと本差止の主眼は、損害賠償ではなく、何よりも人格権の侵害であり、差止にとっては、それで必要かつ十分である。
ウ、また、GM事故固有の特質のひとつ=予見不可能性を考慮すれば、どのような具体的損害が発生するかは、もともと予見不可能である。そうしたGM事故固有の特質を踏まえて、敢えて、損害賠償を指摘すれば、最低、次のことが言える筈である。
(ア)、風評被害による生産者の損害。
 具体的には、金谷陳述書(疎甲18)に記載された通り、消費者や卸業者からGM米不混入の証明を求められたとき、その検査をせざるを得なくなり、その少なからぬ検査費用が生産者の損害となる。
(イ)、債務者の実験場内のコメを購入する可能性のある消費者にとって、GM米が混入しているのではないかという不安により、食の安全を脅かされた精神的苦痛が損害である。

第4、求釈明
 以上述べたことから明らかな通り、本野外実験の安全性の解明は、肝心な証拠を殆どすべて保有する債務者の情報公開なしにはあり得ない。よって、債権者らは、本野外実験の安全性の解明にとって不可欠な情報公開を債務者が速やかに実行するよう、次の通り、釈明を求める。
1、交雑防止
(1)、袋かけによる交雑防止の具体策について(8頁)
(2)、気象変動(大風、台風、大雨、洪水)の対策について(7頁)
2、「ディフェンシンが食用部分には絶対に発現及び移行しない」こと(10頁)
 玄米の果皮・胚芽に発現しないこと及び移行もしないことを示すデータの提示
3、ディフェンシン遺伝子導入イネの有用性を証明した実験データ(19頁)
 有用性を明らかにするデータの提示
4、いもち病被害回復の程度を示すデータの提示(21頁)

第5、結論
 植物育種学専攻の生井兵治氏(元筑波大学大学院教授)は、わが国の現在のGM作物の野外実験について、こう論評する。
《基礎研究をじっくり進めれば安全な活用の可能性はあるかもしれないが、現時点では安全性や環境への影響に関する基礎研究が乏しすぎる》(本年6月16日新潟日報。疎甲28)
 そのことは、前述した「花粉の飛散による交雑防止の隔離距離」の算定に関する農水省の基準を見れば一目瞭然である(4頁以下)。
 従って、今日、GM作物の野外実験の危険性が各方面から指摘されている状況において、野外実験は、その安全性の確保が証明されて初めて、実行可能となるというべきもので、もし、安全性の確保が証明されなかった場合には、言うまでもなく、野外実験の舞台からいったん退場してもらうほかない。
 ところが、本件において、債務者は、債権者が申立書で指摘した本野外実験の危険性・問題点を払拭するに足りる積極的な証拠を提出を、債権者が求釈明書において本野外実験の安全性の本格的な解明のために願ったにもかかわらず、また、債務者みずから「農林水産省の栽培実験指針では、より積極的で透明性をもった情報提供に努める」責務があることを表明しておきながら、一切、実行しようとしなかった。
 しかし、本野外実験の具体的な危険性・問題点は、本準備書面及び今回提出の書証で十分明らかにされたと言うべきであり、これに対し、今後引き続き、債務者よりこの危険性・問題点を払拭するに足るだけの具体的な必要十分な証拠が出ない限り、本野外実験は安全性が確保されたものとは到底言えず、差止の対象とならざるを得ず、債務者は野外実験の舞台からいったん退場してもらうほかない。

以 上



posted by GMNG at 10:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 裁 判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
神奈川県在住、日本米が大好きな22歳です。新潟県産のコシヒカリが特に好きです。
申立書から債権者準備書面(2)まで全て拝見させて頂きましたが、野外実験は行うべきでは無いと感じました。
微力ながら新潟県の米と自然を守る連絡会の方に寄付させて頂くと共に、友人にも声をかけたいと思います。
絶対に差し止めを成功させてください!応援しています!!
Posted by 松澤 浩幸 at 2005年07月24日 00:54
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